王子の「妹」である私は弟にしか見えないと言ったのに、王女として正装した途端に求婚するなんてあんまりです〜まさか別人だと思ってる!?〜

4.少しでも貴方に

「シャロンの髪は本当に綺麗ね。艶々で触り心地も抜群」

 フローレアは丁寧にシャロンの髪を櫛で梳かしている。晩餐会の夜に借りていたスズランの髪飾りを返しに行ったはずだったのに、何故か髪を手入れされていた。
 スペンスの話によると、シャロンのドレスアップを手伝えたことが嬉しかったらしい。それだけではなく、出来栄えが相当に完璧だったことも喜んでいるとのことだった。

 しばらくはフローレアの"お人形さん"にされるぞ、とスペンスは揶揄った。

『シャロンは美人だからなんでも似合ってしまうわね、そんな貴方を私が飾れる幸せ……!』

 シャロンにあらゆるドレスを着させたあと、彼女はそう言って悶えていた。
 
「シャロンって昔は髪を短くしていたじゃない? あれも良く似合っていて好きだったけど、長くしているのも素敵ね」

 幼い頃、シャロンはスペンスよりも髪を短くしていた。服装もドレスより動きやすくて、外で遊んで汚れてもいいズボンを好んだ。それ故に男の子に間違われてしまうことも多かった。

 舞踏会に出るようになってからは髪を伸ばしているが、未だに鏡の中の自分に慣れない。

「長くしているのってまだ慣れないの。フローレアは長い方が似合うと思う?」

「そうね、私は長い方が好きかな」

「……伸ばしていたら、少しは女性らしく見られるかしら」

「シャロンほど美しくて心の優しい素敵な女性はいないわ。どんな髪型でもね……頬の傷がだいぶ薄くなったわね」

 フローレアがシャロンの頬を慈しむように優しく撫でた。痕が残らないといいと、ずっと心配してくれていたのだ。
 ただ文句ばかり言うスペンスとは違って、傷に効く薬草まで探してくれた。

「昨夜だって本当に美しかった。天使というより、女神様のようだったわ。普段の馬に颯爽と跨る貴方も素敵だけど、ドレスアップしたら最強ね」

 早口で捲し立てるフローレアに、シャロンは気押されてしまった。

「マルセルだって貴方にすっかり蕩けきっていたわね」

「見てたの?」

「見てたわよ、もちろん。私はどんな瞬間も逃したりしない」

 フローレアは確かに周囲をよく見ている。彼女は目を光らせているようなジェスチャーをした。全くの冗談でもないから恐ろしい。

「マルセルは昔から女性が苦手でしょう? でもシャロンのことは昔から可愛がっていたし、なんだかいい雰囲気だったじゃない」

「……可愛がってくれるのはお兄様の妹だからよ」

 実は求婚されたとは言い出せなかった。正確に言ってしまうと、きっと#私に__・__#ではないけれど。

「シャロンに魅力があるから可愛がるのよ」

 フローレアはロマンスの予感を感じると、楽しそうに目を細めた。

「マルセルに恋してるの? 」

 自分の恋愛話をするのは苦手だ。でもフローレアには話してみようと思った。

「内緒にしてね、お兄様にも……初恋よ。でもマルセルさんは私のことを"弟"としか思ってないわ」

「やんちゃ時代の貴方は確かに弟のようだったかもしれないけど、今は魅力的な女性よ。誰もが振り向くような、ね」

 フローレアはシャロンの目を真っ直ぐ見つめて力強く言った。

「普段の貴方の健康的ではつらつとした魅力と、ドレス姿の気高くて妖艶な魅力に惑わされて、マルセルだって意識せざるを得ないわ」

「そんなことは、ないの」

 それは違うとはっきり分かっている。

「……どうしたの?」

 強く言い切ってしまうシャロンに、フローレアが不安そうに訊ねた。優しく肩を抱き寄せてくれる手は優しい。

「……マルセルさん、昨夜の私を、私だと思ってないの。知らない人だと思ったみたい」
 
「そんな、まさか」

 何を言ってるの?とフローレアは困惑している。

「その証拠に、私に『どこのお嬢さんかな? 』と聞いたわ。その後すぐにマルセルさんは気絶するように眠ってしまったの」

 マルセルとフローレアは古くからの友人だ。彼のことはよく知っている。
 あり得ないことではないのが恐ろしい。それにあの夜は酒も進んでいた。

「私と会ったことも知らないみたいだった。すっかり忘れてしまっているのかもしれないけど」

 そう言って、シャロンは寂しそうな顔で笑った。フローレアは友人の残念さに頭を抱えていた。

「それだけフローレアが上手く化けさせてくれたのよ。とにかく、私のことは"弟"にしか見えていないの」
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