番外編~うろ覚えの転生令嬢は勘違いで上司の恋を応援する~

はじめての誕生日デート-2

 ディランへのプレゼント。彼が欲しいものが分かるなら、ギリギリになってでも良いからそれを用意したい。
 
 ディランと言えば、塩なのだろうか?
 しかし、それを誕生日に贈るのはちょっと……私の中にあるなけなしのロマンチスト成分が制止してくる。

 悩んだ末に、ハワード公爵夫人に相談してみた。
 とても気さくな方で、婚約の御挨拶に伺って以来、気軽にやり取りをしている。

 プレゼントについて悩みを打ち明けたのだか、ハワード公爵夫人はとても嬉しそうに微笑まれ、「シエナちゃんが傍に居てあげるだけであの子にとっては最高の贈り物なのよ」と仰るのである。

 いや、さすがに祝う側としては何か用意したいものである。

 しかし、パスカル様に相談してみても答えは同じだった。爽やかな笑顔で、「ディランが欲しいのはシエナなんじゃない?」と言うのである。
 欲しい答えはそれじゃないんです。
 
 エドワール王太子は当てにならな……げふんげふん。

 ……なんて心の中で噂をしていると、エドワール王太子が話しかけて欲しそうにこっちを見ているのと視線がかち合った。
 王立図書館内にある会議室の開いた扉の隙間から、こちらを見ているのだ。

 ディランも一緒に居て今から会議のようだし、気づかなかったことにしよう。挨拶だけすれば不敬罪回避のはず。

 と、思っていたのですが、そうは問屋が卸さない。

 もうすぐで閉まりそうな扉の隙間に顔を貼りつけ満面の笑みで話しかけてくる。もはやホラー。このお方が攻略対象なのを忘れそうになる。
 
「シエナちゃん、何か悩み事があるんじゃない?」
「……えっと」
「ディランへのプレゼントのことだよねぇ~?」

 いい暇つぶしを見つけて上機嫌の【俺様担当】にたじろいでいると、彼は噂のディランに襟首を掴まれた。

 そして、次期国王は会議室の奥へと引きずり込まれていった。
 ディランが見えた時点で予定調和の展開である。

 どうしてみんな揃いもそろって頭の中がお花畑なのだろうか……。

 結局私は、ディランが本当に欲しいものを当てられないまま誕生日を迎えてしまった。

 朝一番に侍女寮のお姉さまたちに支度をしてもらっていると、わざわざ主役のディランがハワード家の馬車で迎えに来てくれた。

 正装したディランは、公爵家の跡継ぎとしての風格がある。

 文官にしてはしっかりとした体格であるため、迫力があるのは間違いない。 
 それに加えて、余裕があるのに隙の無い佇まいと、ちょっとした所作に品があるところが正装によってより引き立てられているのだ。

 贔屓目ではなく、いち令嬢として、この人が夜会に現れたら空気が変わるだろうなと思う。

 彼にエスコートしてもらって馬車に乗り込んだ。触り心地の良い座席に座り込むと、私はさっそくお祝いの言葉と共にプレゼントを渡した。

「開けてもいいか?」
「ええ」

 包み紙を開ける彼を見守る。彼は掌にそっとプレゼントを載せると、もう片方の手でゆっくりとそれを撫でた。眉一つ動かさず、じっと見つめて。
 贈ったのは、シンプルな装飾が施され、私の瞳と同じ色の小さな魔法石がはめ込まれている金色の懐中時計だ。
 
 白状しますと、私の瞳の色が好きらしいのでその石を選びました。

「ディランには、時間を贈りたいと思ったんです。これまでずっとあなたの時間を貰っていましたので。今までと、これから手にする平穏な時間は、あなたがくれたかけがえのないものですもの」

 ディランたちの努力なんてつゆ知らず、当たり前のように享受していた平和な時間。
 当たり前のように訪れると思っていた建国祭後の日常(未来)

 彼は私を守るために重ねた日々を滅多に話さないが、私は未だにあの日聞いた事実の衝撃が強く残っていて、なんとか想いを伝えたかった。

 ずっと守ってくれてありがとう、と。いくら言っても言い足りない。これからもずっと傍で、伝えていたい気持ちだ。

 彼は顔を綻ばせた。目を細めて懐中時計にはめ込まれた魔法石をなぞっている姿を見ると、こそばゆくなる。

「……ということは、明日のピクニックも誕生日の贈り物ということか?」
「ええ」
「ありがとう」

 向かい合うように座っていた彼は私の隣に来ると、包み込むように抱きしめてくれた。
 頭に口づけされ、顔を向けるといつもの何千倍も柔らかな笑顔を見せられてしまい、さすがに……参った。
 火照る頬が元に戻らない。デフォルトが仏頂面だとギャップの威力が凄まじい。

 どうにか平静を取り戻し、パーティーでは婚約者として始終ディランの隣で出席者に挨拶をしていた。

 国王陛下は然ることながら、お名前を伺ったことがある高官や著名な学者も来られていて、塔の中に籠っていた人とは思えないほどの人脈には驚かされた。

 やがてパーティーが終わり出席者を全員見送ると、私は領地から来てくれたお父様とお兄様に侍女寮に送ってもらうこととなった。

 馬車に乗り込む時には、ハワード公爵夫妻と弟のアルフォンス様も来てくださってお見送りしてくれた。 
 ディランは私の手を取り、馬車に乗せてくれる。

「明日が楽しみだな」

 そう言って微笑まれるとハードルの高さに怖気そうになるのだが、それと同時に心がむず痒くなる。
 が、その気持ちは馬車の中ですぐに飛んでいった。

 扉が閉まり、手を振る彼らの姿が見えなくなるとすぐに、お兄様が先ほどの話について訊ねてきたのだ。

「明日もハワード侯爵と一緒に過ごすんだ?」
「ええ、ちょっと郊外にピクニックに行こうかと思っていますの」
「最近、僕とは全然お出かけしてくれなくなったね?」
「お、お兄様……?」

 慈愛溢れる微笑みを浮かべるお兄様からは何故か剣呑な空気が漂い始める。
 お父様に目配せして助けを求め2人で話を逸らそうとするが、一筋縄ではいかないお兄様に苦戦を強いられる。

 お兄様は私の頬に手を添えて眉根を寄せた。頬を撫でる指が怖い。胸の内を知りたくない。

「どうしようか……このまま行き先を首都の屋敷にして、あの狼から守るためにも閉じ込めておこうか。魔術師と傭兵団を駆使すればあいつもたどり着けないだろう」

 目が本気だ。いつぞやに見た()()光を失った瞳である。しかも、さっきぼそっと「永遠に」とか付け加えて言ったよこの人。

 困惑していると、お父様がハンドサインを送ってくる。
 今のお兄様ヤンデレ具合がステージ4で、ステージ5になる前に奥の手を使わないといけないという合図だ。

「お、お兄様、次のお休みには領地の外れにある森で一緒に馬を走らせましょ。私、お菓子を作って行きますわ。一緒に食べましょ!わぁー!とっても楽しみですわ!」
 
 超甘えん坊妹モードにシフトチェンジである。お兄様の腕に抱きつき、上目遣いしてみる。目線の角度は斜め45度が黄金比。
 昔はおねだりする時の常套手段であったが、今は羞恥心を捨て去らないとできない最後の切り札(リーサルウェポン)

 今日は侍女寮のお姉さまたちが張り切っておめかししてくれたから威力倍増しているはず。

 予想通り、お兄様が胸を押さえて「……くっ!」って漏らしているのでたぶん効果はてき面だ。心なしか空気も穏やかになってきた。

「……シエナ、約束だよ?僕はずっと待っているからね?」
「ええ、朝一番に出発しますね」

 じっと見つめられて、私はもう1つ忘れていることに気づいた。伸びあがってお兄様の頬にキスすると、お兄様は破顔して私を抱きしめ顔を埋める。

 ぎゅっと抱きしめられて身動きはとれないが、お父様が親指を立ててこちらを見て頷いているし、もう大丈夫だろう。

 ヤンデレお兄様封印(除霊)完了です。

 さて、これで明日はいよいよピクニックだ。
 上手くいきますように……。


 あれ、これフラグか?
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