フラワーガールは御曹司の一途な愛から離れられない。……なんて私、聞いてない!
「ちょっと、離してくださいよ!」

 言うも虚しく、彼の手は依然離されず。

 うわ、ちょっとちょっとちょっと!

 むしろ、反対の手が私の背に回され、なぜか抱きしめられ――。

 ドキドキと胸が鳴るのは、多分焦りなのだろうけれど。
 寝返りを打とうものならつぶされてしまいそうな距離。見上げれば、端正な顔立ちのまま目をつぶる彼。
 ドキリとひと際大きく心臓が騒ぎ、何してるのと心臓に怒りたくなった。

 あがくけれど、男性の力は強く。

 仕方ない。
 彼が寝入ったら、腕の中から抜け出そう。
 そう思い、その場でため息をこぼした。

 ――。
 ――――。
 ――――――――。

 目が覚めて、はっとした。
 見覚えのない天井、肌触りのよさすぎるシーツ。
 窓からは日の光が漏れている。

 嘘、私、寝ちゃったっ⁉

 ガバっと起き上がると、部屋の扉が開いた。

「起きたか、美緒」

 そこには、昨日のスウェットの影もないくらい、隙のないスーツをピシッと身に纏った『旧御笠財閥御曹司』の姿。

「あ、あの! 寝ちゃってすみません!」

「いや、いい。悪かったのは俺の方だ。迷惑をかけた」

「……それは、そうですね」

 言えば、彼は自嘲するようにため息をこぼす。

「詫びをしないとな。礼のつもりで夕飯に誘ったのに、飯作ってもらった上に介抱してもらうなど――」

 そういうところ、律儀なんだ。

「何か欲しいものはあるか? 鞄、靴、高級車、あー、不動産でもいい」

「あ、あの……」

 彼の口から飛び出るものが徐々に大きくなり、私は慌てて口をはさむ。
 きっと彼の言う鞄や靴も、私の手の届く値段のものを指していないのだろう。

「お礼とか、お詫びとか、いらないですから……」

 恐れ多くなってそう言うけれど、彼は眉をハの字に曲げる。

「ものはいらないのか……なら」

 彼は不意にこちらに歩み寄り、目の前で立ち止まる。
 それから右手で、私の顎をすくった。

「俺が結婚してやろう」

 端正な顔が目の前に近づいて、ドキドキと胸が鳴る。
 けれど、それは――

「結構ですっ!」

 ――嫌な方の、心臓の音。

「何でだ? 俺と結婚ってことは、御笠家に嫁ぐこと。玉の輿だぞ?」

「私はですね、そういう――」

「悪い、もう出ないといけない。お前も出れるか?」

 言いかけた言葉を遮り、高級そうな腕時計に目を向けた彼はそう言った。

 ――こっちの話は聞かないんかいっ!

 というか……

「今、何時ですか?」

「午前七時半。悪いな、俺も仕事がある」

「し、七時半⁉」

 私も仕事だよ! 遅刻しちゃう!

 それで慌てて彼の家を後にしたから、この話は無くなったものだと思っていた。
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