義兄と結婚生活を始めます
11話
「もう向かわないと、席が埋まって…あおいさん?」
「…っ、なんでもない、です!行きましょう」
俯いていたあおいの顔を覗き込もうとしていた和真は、顔を上げたあおいを黙って見つめたが、本人の言葉を信じて歩き始めた。
あおいがついて歩き出すと、後ろから女性客のグループから不服の声が微かに聞こえてくるのだ。
しかし、和真の耳に届くと振り返って女性客のグループへ冷たい視線を向ける。
「和真…さん…?」
「…いえ…あおいさんに対して、何か言っていたようなので…少し…」
和真の視線でビクついた女性客のグループは、気まずそうにそそくさと立ち去った。
呆れたようにため息をつく和真は、改めて前を向いて歩き出す。
(何だろう…初めて会ったときみたいな…)
小さな不安が生まれながらも、あおいはついて行った。
イルカショーが行われる会場は、多くの人がショーの始まりを座って待っていた。
空いていた席に、何とか座れたあおいと和真。
「こんなに人が多いんですね…やっぱり貸切りにした方が、ゆっくり見られたでしょうか」
(か、貸切り…!?)
人の多さや賑やかに慣れていない様子の和真は、通路や席の前後を行き交う気配に、少し疲れた様子だった。
あおいは自分から誘ったために、申し訳なさを感じる。
「ごめんなさい…あの、出ましょう?」
「えっ……すみません。嫌という意味ではなく……観覧席に慣れていない…と言いますか…」
和真は言葉に悩んで黙ってしまった。
そんな様子に、本当に感情を言葉にすることが苦手なのだろう、とあおいは感じる。
しかし、和真が座ったまま動こうとしないことで、イルカショーを観る意思は変わらないのだと読み取った。
「お待たせいたしました!本日は、ご来場いただいてありがとうございます!さっそく、海のメンバーたちによる、お出迎えとご挨拶をご覧ください!」
マイクを持った女性スタッフが、手を挙げて笛を鳴らす。
その瞬間、あおいと和真の視線や感情が吹き飛んでしまった。
バシャバシャと水音を立てながら、イルカたちが猛スピードで泳ぐ。
高くジャンプする迫力に、あおいは感動の声を上げた。
「わぁ!」
次々と演技を見せてくれるイルカたち。
あおいと和真は、泳ぎ飛び上がり懸命に手を振るイルカたちの動きをひたすら追った。
「それでは最後に、会場の皆さんが海のメンバーだと認めてくれるか、イルカたちに聞いてみましょう!」
ピッという短い笛の音で、イルカたちは動きだす。
深く潜ったイルカたちは、観覧席に向かって水をかけてきた。
笑い声や驚きの声が聞こえて、会場は明るい雰囲気に包まれる。
ただし、水をかけられたあおいと和真は、固まったまま…。
「イルカショーは終了となります!また、午後の部でもお待ちしておりまーす!」
女性スタッフとイルカたちが手を振る姿を見ると、観客たちは荷物をまとめて会場から退出したり、改めてイルカの写真を撮ったりするなど、各々行動を始めた。
あおいと和真は、泳ぐイルカや片付けを始めるスタッフたちを呆然と見る。