真白に包まれて眠りたい
23.姉
ずっと姉が嫌いだった。今でも嫌いだ。姉は学年で数えると6つ上だ。私が物心ついた頃に彼女は思春期に突入し、私が思春期に突入した頃に彼女は思春期の終わり頃だった。そんなこんなで、すれ違いばかりだった。今ではお互い気難しい時期は終えた。だが歪な感情を向け合っている感じがする。
姉はきっと私と仲良くしたい。いや、可愛い妹が欲しいのだと思う。私は、姉と関わりたくない。害を与えられてばかりだからだ。
思春期の頃の姉の記憶はほとんどない。唯一覚えているのは、きょうだいで写真を撮った時に、睨みを利かせていたこと。怖くて覚えている。小学生の幼い私は、自分や周りの友達に夢中だった。中学生の姉も同様に、そして家族との関わりは避け、部屋に閉じこもっていた。私は週5で習い事、姉は部活や塾、夕方も顔を合わせることは少なかった。だから記憶はほとんどない。次に姉の記憶があるのは、私が思春期に入った頃だろうか。閉じこもらなくなった姉は、私にだる絡みをするようになった。可愛い妹が欲しくなったらしい。何度も私に向かって「可愛い妹が欲しい」「もっと可愛い妹だったらなあ」「こんな可愛げのない妹は要らない」と言った。今でも言われる。可愛げをなくしたのはどこの誰だろう。そして私の年相応のお洒落を否定した。「その服幼稚だよ。ダサい」「その髪型流行ってんの? 変やからやめとき」「うわ〜それ中学生の時やってたわ〜(笑)」思春期の私が傷つかないわけがない。新しい服を買うたびに検閲され、「うーん」「ふうん」と言って帰っていく。一体何が面白いのだろうか? たまに私がミニスカートを履いたら、「えっ珍しい〜(笑)」と。私に対する言葉の全てに、馬鹿にするニュアンスを含んでいる。聞き流せるほど私は大人じゃなかった。今でもそうだ。
日記や詞を書き始めたのはこの時期だ。初めは姉の愚痴をノートに綴っていた。突然ドアを叩かれる恐怖、自己否定される恐怖、何にでも介入してくる恐怖。それをずっとノートに書き続けていた。「早く消えてほしい」「私の世界に介入してこないでほしい」「居なくなればいいのに」「あいつさえ居なければ幸せなのに」「どうして馬鹿にするんだろう、私は何もしていないのに」ずっとそんなことを書き殴っていた。何度も脳内で姉を殺す妄想をした。
平穏が訪れたのは、姉が実家を出た時だった。就職に伴って、引越しになった。姉がいない3年間は本当に穏やかで安心できる毎日だった。
そう、3年後に姉は実家に帰ってきた。仕事を辞めたのだった。代わりに兄が実家を出た。姉の濃度が以前より高まった家で過ごすことが不安でたまらなかった。結果的に言うと、暴君っぷりはいくらかおさまっていた。そして図太さを手に入れていた。あからさまに意図的に人格否定をしてくることはなくなった。だが、私のいる部屋に向かって聞こえるように嫌味を言ったり、遠回しに独り言のように嫌味を言ったりするのは健在だった。そして、そもそも話し方からすべて、人を批判するニュアンス、いや、自分の非を認めないニュアンスを含んでいることに気づいた。そして結局、私は再度姉を殺す妄想をする日々となった。それは次第に、自分が実家を出る妄想に変わっていった。
姉の何が嫌なのか、明確に言葉にすることはできない。例はたくさんある。私がUSJに行ったことがないことを知っていて、「えっUSJ行ったことないの!?」と大袈裟に驚いて言う。かと思ったら、USJに行ったという報告をしたら、「えっUSJとか行くタイプなの!?」と言う。どっちなの? 前者では、大阪に住んでいる学生であるにもかかわらず、USJに行ったことがない私を馬鹿にしたい。後者では、そんなに陰キャで引きこもりなのにUSJなんて不相応の場所に行くのかと馬鹿にしたい。どちらにせよ、姉は私を馬鹿にしたいだけだ。
そしてかまってちゃんだ。皆でご飯を食べている時、突然「うーんそっかぁ」と言う。「何が? どうしたの?」と聞かれたい。気持ち悪い。おそらく、自分の話を聞いてほしいだけ。そして肯定してほしいだけ。私が別の意見を言うと、「は? 何言ってんの?」と言われる。姉は寂しい人間なのかもしれないな。
ちなみに、姉が「ありがとう」と「ごめん」を言っているのを見たことがない。ここまで言わない人がいるだろうか。
ただし、外面はいい。いや、家族以外に対しての態度は良好。初対面の人にはにこやかで明るい。第一印象は私よりもよっぽど良い。
他人のことを考えず、天真爛漫に、自由奔放に行動している姿は、ある種可愛く映るのかもしれないなと思う。あとは、寝ている姿も可愛い。いつもリビングの硬い床で馬鹿みたいな顔で寝ている。あれは好きな人から見れば可愛いんだろうなと思っている。
彼その6に出会ってから、姉は本当に私に悪い影響を与えるだけだと思った。姉から逃げるためにも、実家を出ようと決めた。そう、彼と初めて会って、家に帰ってきた時だった。こんな奴らから絶対に離れてやると思ったのを覚えている。母と父も含めて。
というわけで、さようなら。
たまに帰ってきます。
ずっと姉が嫌いだった。今でも嫌いだ。姉は学年で数えると6つ上だ。私が物心ついた頃に彼女は思春期に突入し、私が思春期に突入した頃に彼女は思春期の終わり頃だった。そんなこんなで、すれ違いばかりだった。今ではお互い気難しい時期は終えた。だが歪な感情を向け合っている感じがする。
姉はきっと私と仲良くしたい。いや、可愛い妹が欲しいのだと思う。私は、姉と関わりたくない。害を与えられてばかりだからだ。
思春期の頃の姉の記憶はほとんどない。唯一覚えているのは、きょうだいで写真を撮った時に、睨みを利かせていたこと。怖くて覚えている。小学生の幼い私は、自分や周りの友達に夢中だった。中学生の姉も同様に、そして家族との関わりは避け、部屋に閉じこもっていた。私は週5で習い事、姉は部活や塾、夕方も顔を合わせることは少なかった。だから記憶はほとんどない。次に姉の記憶があるのは、私が思春期に入った頃だろうか。閉じこもらなくなった姉は、私にだる絡みをするようになった。可愛い妹が欲しくなったらしい。何度も私に向かって「可愛い妹が欲しい」「もっと可愛い妹だったらなあ」「こんな可愛げのない妹は要らない」と言った。今でも言われる。可愛げをなくしたのはどこの誰だろう。そして私の年相応のお洒落を否定した。「その服幼稚だよ。ダサい」「その髪型流行ってんの? 変やからやめとき」「うわ〜それ中学生の時やってたわ〜(笑)」思春期の私が傷つかないわけがない。新しい服を買うたびに検閲され、「うーん」「ふうん」と言って帰っていく。一体何が面白いのだろうか? たまに私がミニスカートを履いたら、「えっ珍しい〜(笑)」と。私に対する言葉の全てに、馬鹿にするニュアンスを含んでいる。聞き流せるほど私は大人じゃなかった。今でもそうだ。
日記や詞を書き始めたのはこの時期だ。初めは姉の愚痴をノートに綴っていた。突然ドアを叩かれる恐怖、自己否定される恐怖、何にでも介入してくる恐怖。それをずっとノートに書き続けていた。「早く消えてほしい」「私の世界に介入してこないでほしい」「居なくなればいいのに」「あいつさえ居なければ幸せなのに」「どうして馬鹿にするんだろう、私は何もしていないのに」ずっとそんなことを書き殴っていた。何度も脳内で姉を殺す妄想をした。
平穏が訪れたのは、姉が実家を出た時だった。就職に伴って、引越しになった。姉がいない3年間は本当に穏やかで安心できる毎日だった。
そう、3年後に姉は実家に帰ってきた。仕事を辞めたのだった。代わりに兄が実家を出た。姉の濃度が以前より高まった家で過ごすことが不安でたまらなかった。結果的に言うと、暴君っぷりはいくらかおさまっていた。そして図太さを手に入れていた。あからさまに意図的に人格否定をしてくることはなくなった。だが、私のいる部屋に向かって聞こえるように嫌味を言ったり、遠回しに独り言のように嫌味を言ったりするのは健在だった。そして、そもそも話し方からすべて、人を批判するニュアンス、いや、自分の非を認めないニュアンスを含んでいることに気づいた。そして結局、私は再度姉を殺す妄想をする日々となった。それは次第に、自分が実家を出る妄想に変わっていった。
姉の何が嫌なのか、明確に言葉にすることはできない。例はたくさんある。私がUSJに行ったことがないことを知っていて、「えっUSJ行ったことないの!?」と大袈裟に驚いて言う。かと思ったら、USJに行ったという報告をしたら、「えっUSJとか行くタイプなの!?」と言う。どっちなの? 前者では、大阪に住んでいる学生であるにもかかわらず、USJに行ったことがない私を馬鹿にしたい。後者では、そんなに陰キャで引きこもりなのにUSJなんて不相応の場所に行くのかと馬鹿にしたい。どちらにせよ、姉は私を馬鹿にしたいだけだ。
そしてかまってちゃんだ。皆でご飯を食べている時、突然「うーんそっかぁ」と言う。「何が? どうしたの?」と聞かれたい。気持ち悪い。おそらく、自分の話を聞いてほしいだけ。そして肯定してほしいだけ。私が別の意見を言うと、「は? 何言ってんの?」と言われる。姉は寂しい人間なのかもしれないな。
ちなみに、姉が「ありがとう」と「ごめん」を言っているのを見たことがない。ここまで言わない人がいるだろうか。
ただし、外面はいい。いや、家族以外に対しての態度は良好。初対面の人にはにこやかで明るい。第一印象は私よりもよっぽど良い。
他人のことを考えず、天真爛漫に、自由奔放に行動している姿は、ある種可愛く映るのかもしれないなと思う。あとは、寝ている姿も可愛い。いつもリビングの硬い床で馬鹿みたいな顔で寝ている。あれは好きな人から見れば可愛いんだろうなと思っている。
彼その6に出会ってから、姉は本当に私に悪い影響を与えるだけだと思った。姉から逃げるためにも、実家を出ようと決めた。そう、彼と初めて会って、家に帰ってきた時だった。こんな奴らから絶対に離れてやると思ったのを覚えている。母と父も含めて。
というわけで、さようなら。
たまに帰ってきます。