真白に包まれて眠りたい
48.思い出されるもの

 返信を求めているのなら、連絡してこないでほしい。そんな強烈なひとことにより、私は絶望し、怒り、彼に失望し、それでも諦められないでいた。わかった、過度な連絡は控える、だから嫌いにならないでほしい。それが私の本心だった。
 彼のためを思って、毎日連絡をしていたのだから、そのショックはとても大きかった。たくさんメッセージが来てると、今日も元気なんだなと安心する、と過去に彼が言っていたから。だから、彼のためでもあると思って、毎日その日にあったことや、食べたもの、彼へのねぎらいの言葉を朝と晩に二度送っていた。4日ほど返信がなく、そこで私は寂しくなって、「勝手に離れていかないって言ったのに、どうして離れていくの」と送ってしまったのだった。ここで我慢していれば、などとは思わない。遅かれ早かれ、こうなっていただろうし、むしろよく耐えたほうだと思う。毎日、好きという言葉も併せて送っていたが、半ば自分への言い聞かせだった。もしくは、その訳は「好きって言って」だった。
 連絡してこないでほしいに対する私の返信は、あなたのためを思ってやったことだ、あなたが嫌ならやめる。ごめん。嫌になったらならそう言って。嘘ついて好きとか会いたいとか言わないで。お願い、という内容だった。それに対する三日後の彼の返信は、好きなのは変わらない、でも価値観やペースが合わなくて、お互い不満を抱える。だから会いたいとは思わない。たまに一緒に遊ぶくらいがちょうどいい距離感だと思ってる。とのことだった。私はこの返信をさらに二日後くらいに見た。気持ちの整理がついてから見ると決めたからだ。その五日間で、本を読み、自分で考え、考え、考え、何かに気づき、それを噛みしめ、そのうえで考え、途中でどうでもよくなってきて、また考え、最終的に気持ちに整理がついたのだった。彼への執着が弱まった。そう確信し、私はメッセージを開いた。私が予想していた彼からの返信は、2パターンだった。①もう嫌になったから終わりにしよう、②好きだよ、俺のためを思ってくれてありがとう、合わないところがあるのは当たり前だから、できるだけ合わせていこうね。この二つ。①の可能性が高いと思っていた。だが②も絶対ないとは言えなかった。そして実際はその間のような、やっぱり①のような答えだった。私は彼の答えに大きく納得した。私たちは、合わない。だから、互いに不満が募り続ける。でも、互いに好きだ。でも一緒にはいたくない。たまに遊ぶくらいがちょうどいい。全部しっくりきた。このメッセージをみて安心した。彼も私と同じことを考えていたのだと。もし、五日間よく考えず、以前までの私であったなら、この彼のメッセージに対しての返信はこうだった。「でも好きなんでしょ?好きなら、一緒にいようよ。合わないところは合わせるよ。我慢だとしても、あなたのための我慢ならそれも私は嬉しい。好きなんだから、一緒にいたい」。こうやってすらすらとかけてしまうということは、今もこの気持ちの欠片は心の中に残っているのだと思うけど、もうほとんど過去の私になった。あなたのための我慢なら私は嬉しい。なんて勝手な気持ちだろうか。彼は、自分のために相手が我慢していることを嬉しく思うはずがないのに、私はそのことに気づいていなかった。前からずっと、我慢してもいい、あなたといられるなら。と私は言っていたように思う。それが彼にとって幸せじゃないことなんて、全く考えていなかった。
 この五日間を経て、私は彼のことがより一層好きになったと感じている。いや、初めのころを思い出した、というのが正しいか。私は彼が好きであるという感情は、私と彼の関係性には関係しなくて、彼自身のみに付随するものだと考えた。私は彼のどこが好きだったか。私にやさしくしてくれるところ、という「私」が出てくるものは考えないようにした。そうして色々と思い出し、また新たに気づき、やっぱり私は彼が好きだと、そう確信し、暖かい気持ちが湧き上がってきた。私は彼が好きだ。大好きだ。彼のあれが、これが、こういうところが……。それは私が隣にいなくたって、彼が私を好きでなくたって、彼のそういうところは変わるはずがないし、だから私は彼がずっと好きなはずだ。そう確信を持てた。彼と私は幸せの授受がうまくいかない。だから一緒にいても幸せになれない。それも受け入れることができた。だから、彼の隣にいることへの執着がなくなった。だが彼に対する執着はまだ少し残っている。できることなら、ほんの少しでもその姿を見て生きていきたいと思う。でも、叶わなくてもそれは別に仕方ないと思っている。
 ふと、寂しくなる。彼と一緒にいた時間を思い出してしまう。会って、抱きしめてくれたこと。夜寝られない私を気にして起きていてくれたこと。目を覚ました私の頭を優しくなでてくれたこと。雨の日にふたりで街を歩き回ったこと。最初はできなかったキスを街中でするようになったこと。彼が煙草を吸っている間に繋いでいる手の写真を撮ったこと。幸せだねと言いながら抱き合ったこと。首にキスマークをつけられたこと。それを隠すためにコンシーラを買ったこと。だけどとても幸せを感じたこと。たくさん叱られ、たくさん諭されたこと。帰りの電車でたくさん泣いたこと。毎回帰るたびに涙を流しながら街を歩いたこと。玄関まで見送ってくれたこと。必ずキスをしてくれたこと。愛してると言ってくれたこと。いろんな記憶の欠片を掘り起こしては毎回涙腺を刺激する、そんな困ったものを沢山与えられ、沢山抱えて、私はこれからも生きていかなければならない。
 別れた後はその人以外の全てが残る。彼の言った通りだった。私はこれからも、彼から与えてもらったものたちに生かされ続けることになるだろう。どれも目に見えないものだけど、しっかりと心に記憶に根付いてしまった。そして心を支え続けている。この半年、もし彼がいなかったら私は生きていただろうかと思うことがある。おそらく命を絶つことはなかっただろうけれど、死にたくなるような毎日だったのではないか。死んでもいいと思えるような毎日だったのではないか。ずっと彼が心の支えになってくれていた。彼自身と、彼がくれたものすべてが。彼を忘れて生きていかなきゃと思っていたが、忘れるなんてとんでもない。ひとつも忘れずにすべて大事に抱えて生きていく。だって彼と出会ったのだから。私たちは偶然出会って恋をして、まぎれもなく一緒に時を過ごしたのだから。そして私は彼が大好きなのだから。私の人生の中に彼を取り込んで生きていく。ずっと忘れない。忘れられるわけがない。
 彼から離れることにして悲しいはずなのに、なぜかとても希望にあふれている気分がする。もちろん、悲しい。彼のような素敵な人と生きられないことは悲しい。だけどもう、一緒にいたいとは思えない。一緒にいたって、お互い幸せは感じられないから。あなたと価値観が合っていたらよかったな、合っていなくて残念だったな、ただそれだけ。それでも私はあなたが好きです。一生、ずっと、あなたが好きです。
 感謝してもしきれない、言葉にしようにも言葉にならない、だからもう、これ以上は書かない。
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