愛する婚約者様のもとに押しかけた令嬢ですが、途中で攻守交代されるなんて聞いてません!
 ため息をつくと同時に、寝室の扉が静かに開く。クラルテが俺を起こしに来てくれたのだ。目をつぶり、声をかけられるのをそっと待つ。


「……旦那様、朝ですよ」


 愛らしい声音。胸のあたりをポンポンと撫でられ、心臓が少しずつ高鳴っていく。ゆっくりと目を開き、クラルテの笑顔を見る――一日のなかで一番好きな瞬間だ。とても温かくて優しくて、心が幸福感で満たされる、かけがえのないひとときである。


「クラルテ……」


 クリアになる視界。俺は思わず言葉を失う。

 今朝のクラルテはいつもの数倍可愛かった。化粧も髪型も、気合の入り方からして違う。もちろん、普段からびっくりするほどきちんとしているし、本当に愛らしいのだが、今日は別格だった。


(俺のため……なんだよな?)


 心臓の音がドキドキとうるさく鳴り響く。いつまでもいつまでも見つめていたくなる。……思い切り抱きしめたくなる。
 クラルテに吸い寄せられそうな心地を覚えて、それではいけないと思い直し、俺はゆっくりと深呼吸をした。


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