愛する婚約者様のもとに押しかけた令嬢ですが、途中で攻守交代されるなんて聞いてません!
「クラルテ、俺のお願い、聞いてくれるだろう?」

「えぇ……? だ、だん」

「ハルト」


 手を握り、懇願する。クラルテは、俺と繋がれた手のひらとを交互に見つつ、口を何度もハクハクと動かしている。


(可愛い)


 可愛くて、触れたくて、たまらない。もう何度、あの愛らしい唇に口づけたいと願ったことか。――――どれだけ我慢をしたことか。


(まだだ。まだそのときじゃない)

「ハルト……様」


 だけど、クラルテに名前を呼ばれたその瞬間、身体が勝手に動いた。

 唇同士が触れ合う柔らかな感触。鼻腔に広がるのは口紅――いや、クラルテ自身の香りだろうか? ほんのりと甘い香りが胸いっぱいに広がって、なんだか全身がむず痒くなる。


(あぁ……)


 しまった。順番、守るつもりだったのになぁ。
 ――いや、違う。悪いのは俺じゃない。クラルテが可愛すぎるのが悪いんだ。


「なっ! なな……!」


 クラルテはへにゃりと俺に身体を預け、必死に顔を隠している。恥ずかしくてたまらないのだろう。
 ……だけど、見なくてもわかる。きっと今、最高に可愛い表情をしているんだろうなぁ。


「……見ちゃダメ?」

「絶対ダメです!」


 あまりにも可愛いその返事に、俺は思わず声を上げて笑うのだった。
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