恋は秘密のその先に
「どうだった?文哉」

真里亜を降ろした後、二人きりになった車内で住谷が話しかける。

「どうって、何がだ?」
「今夜の阿部さんだよ。一歩下がってお前を立てて、完璧な振る舞いだったな。いやー、普段の彼女は明るくておしゃべりだけど、仕事となると本当に分をわきまえてる。いつも隅に控えてさり気なくお前をサポートしてるだろ?それに今夜のドレス姿!磨けば光るってこのことだな。あんなに綺麗になるとは」

すると文哉が呆れたように口を挟んだ。

「智史。忘れてないか?彼女はスパイだぞ。そうやって仕事をきっちりこなして、こちらを油断させようとしてるんだ。まんまと引っかかってどうする」

ぐふっ、と住谷が妙な声を上げて笑いを堪える。

「あー、そうだったな。そうか、だから今夜の阿部さんはあんなに美しかったのか」
「ああ。変身するのはお手の物なんだろう」
「確かに。あんな美人スパイには、男もコロッと騙されるだろうな」
「そうだな。パーティーでも、何人もの男が彼女を見ていたし」

ええ?!と住谷は驚く。

「文哉、それに気づいていたのか?」
「え?そりゃまあ」

へえ…と、住谷は含み笑いをした。

「なるほどねえ。色んな男が阿部さんを見ていて、気になったと」
「それにしても、一体彼女は何者なんだろう。ライバル会社から偵察に来ているのかな?」
「さあ、どうでしょうねえ」
「とにかく用心するに越したことはない。俺も最近は、なるべく早く彼女を帰らせるようにしているんだ。長くオフィスにいられると、いつ隙を狙われるか分からないしな」
「そうですよねえ、ははは!」
「おい、呑気に笑ってないで、お前もしっかり調べてくれよ?彼女の素性」
「はい!もちろんであります」

深くシートに座り直し、窓の外を真剣に眺め始めた文哉に、住谷はまたもや必死に笑いを堪えていた。
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