この結婚が間違っているとわかってる
「人を好きになるって苦しいね」
もっと楽しくて幸せな恋もあるのに。どうして自分はつらい恋を選んでしまったのだろうと小花は苦笑を浮かべる。
「ごめん。こんなこと伊織に言ってもわからないよね」
伊織は小花とは違う。常に彼女が絶えないこのモテ男はどんな女性も手に入るのだから恋の苦しみなんてわからないのだろうと小花は伊織のことを羨ましく思った。
「わかるよ、俺にも」
ズボンのポケットに両手を突っ込んだ伊織とぱちりと目が合う。
「苦しい恋をしているのが自分だけだって思うな」
小花から視線を逸らした伊織がくるんと背中を向けてゆっくりと歩き出す。その後ろ姿がいつもよりも小さく寂しそうに見えるのは小花の気のせいだろうか。
(そういえば伊織にも好きな人がいるんだっけ)
いつかのリビングでそんな話題になった。たしか伊織は女優に本気の恋をしていると思い出した小花はどうか彼の恋がうまくいくようにと願いながら、少し先を歩く伊織を追いかけて隣に並んだ。
「――なぁ、小花。今からお前のこと困らせること言ってもいい?」
小花は振り返って伊織を見た。いったいなにを言われるのだろう。身構えて続きの言葉を待つ小花の耳に伊織の声が届いた。
「好きだよ」
小花の足がぴたりと止まる。一方で伊織は歩き続けているのでふたりの距離が少しずつ離れていく。その背中を見つめながら小花は時が止まったように動けなくなった。
なにも特別なことを言うのではなくサラッと告げられた言葉。でも一瞬だけ目が合った伊織の瞳はまっすぐに小花だけを見つめていた。