岩泉誠太郎の恋
安田椿

岩泉君との出会い

初めて岩泉誠太郎君を目にしたのは、選択科目である第二外国語のクラスだった。

アラビア語を選択する生徒は少なく小さな教室での授業だったので、それまでは多くの人に囲まれていた岩泉君に気づく機会がなかったのだ。

その美しさはあまりにも現実離れしていた。全て計算され尽くしたとしか思えない程に整った目鼻立ち。男にしておくにはもったいない程の白くきめ細やかな肌。絶対にいい匂いがするに違いないサラサラの黒髪は、長い前髪をサイドに流し、形のいい耳にかけられている。

少し気だるそうにも感じる様子で授業を受ける彼からは、自分と同じ18歳とは思えない、そこはかとない大人の男の色気が漂っていた。

外見だけで人を判断して好きになっても、その先に幸せが待ってるとはとても思えないし、一目惚れなんてあり得ないと思っていた。思っていたのに。

岩泉君の非現実的な美しさを前にして、私の中の固定概念はあっけなくも崩れ去った。

彼のことを知るのは実に容易だった。彼は旧財閥の御曹司で、見ためが美しいだけではなく、勉強もスポーツもできる。一点の曇りもないいわば超人なのだ。当然の結果で幼少の頃から常に注目のまとだったらしい。

私、安田椿はごく一般的な家庭で育ち、幼稚舎から内部進学し続けてきた者も多い由緒正しいこの大学には、一般入試で進学した。天才ではないけど頭は悪くないと思う。不細工ではなくとも残念ながら美しくもない。全てにおいて普通よりは少し上くらいに感じていたが、ここではとるに足らない存在だと気づかされた。

同じ教室で授業を受ける岩泉君は、手を伸ばせば実際に触れることができるだろう。だが、彼のことを知れば知る程、自分とはかけ離れた存在であると思い知らされる。それはまるで、テレビや雑誌の中の人達となんら変わらないように思えた。

そんな高嶺の花である彼に恋をしてしまった私は、ただひたすら、遠巻きに彼を見守り続けていた。

男女問わず常に多くの人に囲まれている岩泉君だが、10人程しか入らない狭い教室で受けるこの授業の間だけは、ほんの少しだけその存在を身近に感じられる。それだけで、十分幸せだった。
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