岩泉誠太郎の恋

近くて遠い彼女との距離

春から三角エネルギーに副社長として出向した俺は、DXの推進に邁進していた。

細々としたことからデジタル化による業務改善を進め、社員の意識改革を行いつつ、着実に環境を整えていく。

その流れで需要予測システムの導入を三角エネルギーでも採用することになり、実績のある俺が精力的にプロジェクトを主導した。

まずは国内から導入を進め、ある程度自走ができる形を作ったところで、海外の拠点にも導入が決まった。

出向してから1年近く経っていたが、すぐそばに彼女がいるのに接触することもできない状態で、ただひたすらこの時を待ち続けていた。

1年前、三角商事から出向してきた俺は、当然の結果で女性社員達の格好の獲物となった。

副社長という肩書きのおかげもあり、しつこく食い下がってくるタイプの女性は、人事を通して速やかに対処してもらっていたが、不用意に彼女に近づいて、俺の好きな人が社内にいると知られるわけにはいかない。

これまでとは違った意味で、地獄のような日々だった。

彼女に会いたくてわざわざ用事を作って彼女のいるフロアに行っても、目線を送ることすら叶わないのだ。

アラビア語の授業では何故あんなにも彼女を盗み見ることができたのか。人数が少なかったこともあるが、あの授業を選択するような人は俺に全く関心がなくて、俺の目線にも興味がなかったのだろう。

ならば仕事で彼女と接点を持てるようになるしかない。その為には、俺の領域に彼女を引っ張り込むしかなかったのだ。

俺は早速、現地視察というていでクウェート出張を計画した。初めての海外視察で、取引先への挨拶回りや工場視察等々も組み込み、移動も含めてたっぷり8日間。アラビア語が堪能だと社内でも有名な彼女を、視察中の補佐として指名させてもらった。間違いなく極自然な流れだろう。

出張前に彼女を含めた数人と日程の内容を確認する為の事前打ち合わせを行った。

出会ってから既に8年。俺はようやく彼女とまともに向き合える機会を手に入れた。

「安田さん、久し振りだね。突然の指名で申し訳ないけど、現地でスムーズにことが運ぶように、どうしてもアラビア語が堪能な人にサポートをお願いしたくてね。安田さんにとってもいい経験になると思うから、是非頑張って欲しいんだ」

「はい。事務方の私にこんなチャンスをもらえて本当に光栄です。足を引っ張らないよう頑張りますので、よろしくお願いします」

完全に上司と部下の会話だが、まずはこんなもんだろう。十分だ。

その後もビジネスライクに打ち合わせを重ねて詳細を詰めていき、待ちに待った出張の日を迎えた。
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