捨てられ「無能」王女なのに冷酷皇帝が別れてくれません!~役立たずなので離婚を所望したはずが、気付けば溺愛が始まっていました~
第一章 貴方とはいられない
一体、世の中でどれくらいの数の人が、結婚初夜に離婚を切りだすことだろう。
「君と別れるつもりは一切ない」
そして一体どれだけの数の人が、真冬の森のように凍てついた声で断られるのだろう。
「離婚は……してくださらないということですか……?」
豪華な正装馬車に揺られながら、震える声でフィリアは問う。
離婚してほしい。意を決して告げた言葉は、たった今、いともたやすく切り捨てられてしまった。繊細なレースがあしらわれたウェディングドレスのスカートを握りしめながら、フィリアは夫となったばかりの相手を見上げる。
紺碧の夜空が窓を隔てて見守る中、鈍い輝きを放つペールブロンド。その長い前髪の隙間から覗く菫色の瞳は、冷厳さを孕んでフィリアを睥睨していた。
皇宮へ向かう馬車の中、隣に並んでかけているというのに、心の距離がひどく遠い。真っ白な月を覆う分厚い雲よりも、車内の空気の方がずっと重くて息が詰まる。
(――――ああ、失敗してしまったわ……)
夫のカイゼルから容赦なく発せられる、心臓が縮みあがりそうな怒気。それに怯えながら、フィリアは言葉選びがよくなかったのだろうかと逡巡する。
けれど、どうしたって考えは変わらない。だから無謀にも、もう一度同じ言葉を吐きだす。
「お願いします、陛下……。私と離婚してください……!」
それが貴方のためなのです。という言葉は、口内に留まった。意図したわけではない。単に続きの言葉を紡げなくなったのだ。夫の大きな手に肩を押され、柔らかいソファに引き倒されてしまったから。
反転する視界の中、編み下ろされた藤色の髪を飾る花飾りがはらりと散った。
そして次に眼前に飛びこんだのは、眉間にしわを寄せた夫――――カイゼルの顔で。
「フィリア、といったな。そんなに俺を怒らせたいのか?」
ああ、もう怒ってらっしゃいますよね、陛下。そんな軽口を叩けたらよかったのに。
険しい表情をしていても、神様が丁寧に線を引いて描いたようなカイゼルの容貌は美しい。けれどやっぱり、こちらを睨む彼の双眸は寒々しい弦月のごとく冷たかった。
「君と別れるつもりは一切ない」
そして一体どれだけの数の人が、真冬の森のように凍てついた声で断られるのだろう。
「離婚は……してくださらないということですか……?」
豪華な正装馬車に揺られながら、震える声でフィリアは問う。
離婚してほしい。意を決して告げた言葉は、たった今、いともたやすく切り捨てられてしまった。繊細なレースがあしらわれたウェディングドレスのスカートを握りしめながら、フィリアは夫となったばかりの相手を見上げる。
紺碧の夜空が窓を隔てて見守る中、鈍い輝きを放つペールブロンド。その長い前髪の隙間から覗く菫色の瞳は、冷厳さを孕んでフィリアを睥睨していた。
皇宮へ向かう馬車の中、隣に並んでかけているというのに、心の距離がひどく遠い。真っ白な月を覆う分厚い雲よりも、車内の空気の方がずっと重くて息が詰まる。
(――――ああ、失敗してしまったわ……)
夫のカイゼルから容赦なく発せられる、心臓が縮みあがりそうな怒気。それに怯えながら、フィリアは言葉選びがよくなかったのだろうかと逡巡する。
けれど、どうしたって考えは変わらない。だから無謀にも、もう一度同じ言葉を吐きだす。
「お願いします、陛下……。私と離婚してください……!」
それが貴方のためなのです。という言葉は、口内に留まった。意図したわけではない。単に続きの言葉を紡げなくなったのだ。夫の大きな手に肩を押され、柔らかいソファに引き倒されてしまったから。
反転する視界の中、編み下ろされた藤色の髪を飾る花飾りがはらりと散った。
そして次に眼前に飛びこんだのは、眉間にしわを寄せた夫――――カイゼルの顔で。
「フィリア、といったな。そんなに俺を怒らせたいのか?」
ああ、もう怒ってらっしゃいますよね、陛下。そんな軽口を叩けたらよかったのに。
険しい表情をしていても、神様が丁寧に線を引いて描いたようなカイゼルの容貌は美しい。けれどやっぱり、こちらを睨む彼の双眸は寒々しい弦月のごとく冷たかった。
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