捨てられ「無能」王女なのに冷酷皇帝が別れてくれません!~役立たずなので離婚を所望したはずが、気付けば溺愛が始まっていました~
 月の光を浴びて輝いているようだというのが、第一印象だった。

 指通りのよさそうなペールブロンド、菫色の透き通った桃花眼(とうかがん)、高く筋の通った鼻梁に、薄い唇。すべてが整いすぎていて、彫刻でさえ彼を前にしたら逃げだしてしまいそう。

 全体的に色素が薄く儚げな見た目にもかかわらず、しゃんと伸びた背筋や堂々とした立ち姿からは力強さを感じる。

 驚いた。嫁ぐ前にレイラから散々聞かされたカイゼルの見た目の悪評とは、まるで違う。熊のように獰猛で荒々しいとか、戦争で負った刀傷により残忍な口元は裂けているという噂を聞かされていたけれど、実際の彼は一振りの刀のように研ぎ澄まされた美しさがあった。

(噂は、ただの噂でしかないのね)

 隣に立つと、背の高い彼に流し目を向けられる。長い睫毛に縁どられた薄紫の瞳が宝石のようだとフィリアは思った。

(なんて綺麗な人……同じ人間とは思えないわ……)

 周囲のことも忘れて彼に見入るフィリアを、神官の咳払いが現実に引き戻す。

「指輪の交換を」

「は、はい」

 フィリアは神官に促されて手袋を外す。と、ふとカイゼルも手袋をしていることに気付いた。

 しかも中々外そうとしないので、もしやこの婚姻に不服なのでは、と一瞬不安が過る。

 それが表情に出ていたのだろう。顔を曇らせるフィリアにカイゼルは美しい眉をひそめると、小さく嘆息してからおもむろに手袋を外した。

 ゆっくりと露になった左手の指先に、フィリアは目をむく。

「その指……あ、も、申し訳ありません。何でも……」

 カイゼルの眦が険しくなったため、フィリアは慌てて頭を下げる。目線だけ上げて彼の左手を盗み見れば、きめの細かい肌で覆われた右手とは違い、肌色が曖昧な境界で途切れ、指先が透き通っていた。

(あれは……魔石……? まさか指が宝石みたいに、結晶化しているの……?)

 その輝きは目が眩むほどで、ステンドグラスの色を反射して七色の光を放つ指先は、まるでダイヤモンドのようだ。

 神秘的な美しさだったが、フィリアは嫌な予感がして鼓動が速くなった。何故って、人の指が宝石のように結晶化している理由は、フィリアの知る限り一つしか思い浮かばないからだ。

 身体がガタガタと震えだす。指輪を落とさないでいられたことが奇跡だった。

(ああ、なんてことなのかしら――――陛下は『魔力過多』なんだわ……!)

 エリアーデにより今日まで王宮内から一歩も出ることを許されなかったフィリアは、使用人たちの噂話でしか聞いたことがなかったけれど――――魔力を持つアレンディアの民には稀に、魔力過多を起こす者がいるらしい。

 何でも器に見合わない膨大な魔力が持ち主の身体を蝕み、固まって結晶化してしまうのだそうだ。魔力の酷使による疲弊がきっかけとなって一度症状が出始めると、身体の一部が宝石のように固まり、それによって身体が衰えるにつれ結晶化が広がって、やがて全身に至り命を落とす。

 ここに来てようやく、フィリアはカイゼル率いるアレンディアが和睦を選んだ意味を正しく理解する。カイゼルは稀代の魔力持ちで、高度な魔法を駆使して大国のトップに君臨する男だ。

 つまり、彼の器から溢れるほどの強大な魔力は他国への抑止力にもなるが、代償として身体を蝕んでいる。

(愚か者だわ、私は……! どうしてその可能性に行きつかなかったの? これはただの和平協定のための結婚じゃない。この結婚には別の意図があったんだわ……!)

 破魔と癒しを司る神聖力はどんな傷をも癒し、魔力を起因とする瘴気で侵された自然を元通りにすることも、結界を張って魔物の侵入を防ぐことも、他者の魔力を削って打ち倒すこともできる。

 そう、神聖力があれば『浄化』という破魔の効果により、侵食されたものや場所を正常化することだって、過剰な魔力を減らすことだって可能だ。

 ――――つまりアレンディアの目的は、神聖力を持つ者を嫁がせ、多大な魔力に侵されているカイゼルを救うためだったのだ。

(だから領地を侵害されても、アレンディアは戦争でなく和平を選んだんだわ……! でも、それじゃあ……)

 神聖力の低いフィリアでは、役に立たない。

 フィリアは愕然とする。その間にも冷や汗を掻いた細い指には、カイゼルによって作業のように淡々と指輪が嵌められた。触れた箇所が冷たいのは、彼の指が本物の宝石みたいに冷えきっているから。

 良好な夫婦関係を築きたいというフィリアの淡い期待は、脆くも打ち砕かれる。何故って、たった今、自分はカイゼルの妻に相応しくないと現実を突きつけられてしまったからだ。

(どうしよう。陛下やアレンディア側の目的が彼の結晶化の阻止なら、私は期待に沿えないわ)

 だってフィリアは、神聖力が著しく低いから。とてもじゃないがカイゼルの身体を蝕む余分な魔力を、浄化によって削れるとは思えない。

 カイゼルの指はダイヤモンドに酷似しているが、実際は魔力の塊が固体化したもの。つまり魔石なのだろう。特に結晶化が激しい左手の薬指は、指輪よりもずっとキラキラ輝いている。

 激しく動揺するフィリアは、震える手で何とかカイゼルの薬指に指輪を嵌めようとするものの、彼の指が硬いせいかスムーズに通らない。

 それに痺れを切らしたのだろう。フィリアの頭上に、彼の尖った声が落ちる。

「もういい」

「申し訳ありません」

 出会って五分の間に、フィリアは二度目の謝罪を口にする。縮こまっていると、不意にベールを持ちあげられた。

 間近で視線が絡みあい、彼の白刃のように鋭い眼光に気圧される。カイゼルの冷えた手がフィリアの頬に添えられ、顔を引き寄せられた。

「……口付けを交わす時は、目を瞑れ」

 カイゼルの不機嫌な声が、吐息と共に青ざめたフィリアの唇に落ちる。指とは違って温かい唇がそっと触れあったタイミングで、祝福の鐘が鳴り響いた。

 初めてのキスは、緊張と焦燥でひどく殺伐としたものに感じられてしまう。

 口付けの間、零れ落ちそうなくらい大きな瞳を固く閉じ、フィリアは考える。頭の中は、カイゼルと結婚すべきは自分ではないという思いで埋めつくされていた。
 お陰で、参列者による拍手の音が耳に入らない。

「ここにお二人の結婚を認めます」

 誓いのキスを終えた二人に向かって、神官は穏やかに囁く。婚姻は成った。けれど……。

(ダメです。陛下。神聖力が常人よりもずっと劣る私では、貴方を癒すことはできません)

 ――――離婚しなきゃ。

 そうしなければきっと、隣に立つ美しい男はいずれ死んでしまう。婚姻が結ばれた瞬間から、フィリアは「別れなければ」と決意を固めた。
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