婚約破棄された者同士、円満に契約結婚いたしましょう。

11.彼の両親

「いや、まさかこんな美人さんとはねぇ……」
「あらあら、あなた、そんなことを言われたら、少し妬いてしまいますわ」
「おっと、すまない。しかし、彼女は美人さんだろう」
「まあ、確かにそうですねぇ。女の私でも、見惚れてしまいます」

 目の前で繰り広げるゆっくりとした会話に、私は思わず苦笑いを浮かべていた。
 そこにいるのは、エンティリア伯爵とその夫人――つまりはラルード様のご両親である。
 その二人は、私を見てにこにこしている。なんというか、とても柔らかい雰囲気の人達だ。

「すみません、アノテラさん。父と母は、いつもこんな感じで……」
「えっと……大らかなご両親なのですね?」

 ラルード様に対して、私はある程度言葉を選んだ。
 彼の両親の雰囲気が、私は嫌いではない。
 ただ、何も考えずに言葉を発すると批判と取られてしまうような気がする。しかし、大らかというのが褒め言葉と取られるかどうかは、少々不安な所だ。

「褒めても何も出ませんよ? いやはや、気遣いもできるということですか……」
「すごいですね。あの年の私なんて、晩ご飯は何かくらいしか考えていませんでしたけど……」
「おやおや、僕のことは考えていなかったのかい? あのくらいの年の頃には、もう婚約していただろう」
「それは秘密です。乙女の秘密です」

 二人の会話を聞いていると、なんだか平和だなぁと思えてくる。
 貴族の夫婦は、冷え切っている夫婦も多いと聞いたことがあるが、家もエンティリア伯爵家もそれには当てはまらないようだ。
 できることなら、私もそうなりたいと思っている。ラルード様と、仲が良い夫婦でいたいものだ。

「ああ、そうでした。そういえば、アノテラさんは契約結婚したいのでしたね? なんでも、契約書を作りたいとか?」
「あ、えっと……はい」
「賢い方ですねぇ。私なんて、そんなことはまったく思いつきませんでしたよ。でも、確かに大切なことです。私達はお互いに……約束を反故にされて被害を被っている訳ですから」

 そこで私は、思わず固まってしまった。
 エンティリア伯爵の視線が、非常に鋭いものになったからだ。
 それは恐らく、私に向けられたものではない。彼の言葉の仲には、約束を破ったロナメア及びセントラス伯爵家への批判が込められている。

 ただ、それでもやっぱり少し怖かった。
 あの大らかな伯爵も、やっぱり貴族の家の当主なのだ。私は、それを改めて認識することになった。
 しかしそれは、安心できることでもある。そのような人達が身内になってくれるというなら、非常に心強いからだ。
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