婚約破棄された者同士、円満に契約結婚いたしましょう。

20.山の中の家(モブ視点)

 ガラルトとロナメアは、いくらかのお金を持ってザルパード子爵家から抜け出した。
 そんな彼らが向かったのは、アナプト山という子爵家の屋敷からそれ程離れていない場所にある山である。
 ガラルトは、その山に既に使われていない家があることを知っていた。一応、ザルパード子爵家の資産となっているその家を、彼は有効活用することにしたのだ。

「……すごいツタだな?」
「ええ、本当に……」

 宿で一夜を明かして、食料などを買い込んだ二人は山の中腹にある家を見て、絶句していた。
 その家は、すぐに使える状態ではない。放置されていたその家の周りには草が生い茂っており、既に自然の一部とかしていたのだ。

「まったく、父上は何をやっていたのだ。この家をこんな状態で放置しておくなんて、信じられん」
「……中も埃っぽいですね?」
「なんてことだ。人が住める状態じゃないじゃないか」

 ザルパード子爵家にとって、その家は特に価値がないものだった。
 故に子爵は、特に手入れなどしていなかったのである。

 そもそもの話、アナプト山は人が住むのに適した環境とは言い難い。この家にかつて住んでいた住人が、特殊だっただけで、過酷な環境なのである。
 それをガラルトとロナメアは、まったくわかっていなかった。この場所を別荘程度に快適であると、そう思っていたのだ。

「と、とにかく掃除するしかありませんか?」
「掃除といっても道具がないだろう? ああいや、家の中を探せば何か出てくるか?」
「埃っぽいですし、とりあえず窓を開けていきますね。ガラルト様は、使えそうなものを探してください」
「ああ、わかった」

 それでも二人は、この家から去ろうとはしなかった。
 それはこの逃避行が、二人にとってはちょっとした冒険でしかなかったからである。

 心の奥底で、ガラルトもロナメアも家に帰ることができると思っていた。
 ザルパード子爵家の領地の子爵が知っている場所を逃亡先に選んだのが、その何よりの証拠である。

 もしも困ったら、助けを求めればいい。そんな安易な考えが、二人の中にあった。
 故に、その環境で一夜を明かすということを受け入れてしまった。それが、どれだけ過酷な一夜になるとも知らずに。

「おお、ほうきがあったぞ?」
「風通しは、悪くないみたいです。窓を開けただけで、幾分かのほこりが出て行きました」
「なんだ。意外となんとかなるものだな」
「ええ、見た目は悪いですけれど、これなら普通に住めそうですね」

 自らが置かれた環境がどういうものかを知らず、二人は呑気な会話をしながら、作業を続けるのだった。
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