バー・アンバー 第一巻

自我に返る女医

「あなた面白いわね。そう無下に云われてもね…そうでもないわよ。こちらも仕事は心得てますよ。ヤクザへの心配は警察にでもお願いするしかないけど、あなたが夢で受けたという…その、強烈なサジェストに対しては適切なアドバイスをして上げられますよ。それで?いったいどんな夢を見たの?」
夢で見たどころか昨晩などはあっちこっちで幽霊を目撃するという凄まじい体験をしているのだが、しかし俺はここで来院の本来の目的に思いを返す。専門的見識への色気云々よりもこちらの方がやはり先だ。俺はかまをかけた。
「ええ…そうなんですけど、その前にちょっと教えていただけたら。そのう、先生がユング心理学を専攻されたという大学はいったいどこの大学なんです?」
「✕✕大学よ」と誇らしげに云う。
「ああ✕✕大学。それは大したものですね。それで、その✕✕大学のなんと云う教授に付かれたのですか?」
んーっ?という顔に女医がなった。何でそんなことまで聞くのよという分けだがそれをそのまま口にする。
「そんなことまでは治療に関係ないでしょ」と突っ撥ね「どうなの?夢の話は。面倒臭いのなら聞くのは止めるわよ。まあ、せっかく来たんだから、検査をしてからごく軽い睡眠剤でも処方してやるわよ。看護婦さん」と傍らの看護婦に指示をする。「こちらへ。血液検査をします」と看護婦が俺を静注台へと誘う。しかし俺はゴネた。
「結構ですよ。血液検査など。それより先生、自我の便利性に立つ現代人が、それゆえに自我を超えるものへの狭窄現象を起こしている、だから心的危機に陥っているという…ユング心理学を地で行かれたようですな。どうやら大学の恩師(たぶんМAD博士)への忠義立てが先生の自我のようですな。じゃ失敬」と云い放って俺は止めるのも聞かずに診察室を出てしまった。
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