バー・アンバー 第一巻

筆跡鑑定をしてみればいい

「もう行って来たよ、会社に来るまえにな。精神科へ」「ほんとかよ。で、どうだったのよ?その、医者の診察結果は」「ああ、それが気に喰わなかったんでな、逆に俺の方で医者に病名を告げて出て来てやった」などとアンバー以後の顛末を、なぜ精神科に行ったのかまで聞かせてやる。いよいよ目を怪しくさせる山口に「嘘じゃないぜ。ほら、これが薬と処方箋だ」と云ってリュックから出して見せ、ついでにジャンパーの内ポッケトからアンバーの領収証の表と裏を見せてやった(ついミキが愛しくってこれを持ち歩いていたのだ)。「その領収証の裏に走り書きしてある字がミキの、つまり✕✕✕✕✕✕✕さん本人の字だよ。もしどこかで✕✕✕✕✕✕✕さん手書きの文でも見れるんだったら筆跡鑑定をしてみればいい。昨日の領収証の日付と云い、これが何よりの証拠となるだろう?」今度は山口が目を白黒させて「へーっ。サマンサクリニック、巣鴨のヤクザ✕✕組ねえ…」と絶句し暫し領収証に見入る。「どうだい?」「うーむ、魂消たな…しかし仮にだよ、もしこれが本物で…つまりお前の云ってることが本当だったとして…その場合なぜ…な、なんで✕✕✕✕✕✕✕さんの霊がお前の前に出てくるのよ。面識なんかなかったんでしょ?彼女と」と痛いことを聞いてくる。それこそが俺が自問中のことだ。山口がお替りした本醸造の徳利から勝手に酒を注いでそれを飲みながら俺は「お前じゃないが、うーむだな…まさか俺が彼女に入れ込んでたから出て来た分けじゃあるまいし…うーむ、ま、心当たりがないこともないんだ。そのうち分かったらまた云うよ」とだけ答えておく。さてもこれ以上山口をこの話に引き込むことは憚られた。彼は仕事上でも家庭持ちという意味でも責任のある身だ。
pagetop