バー・アンバー 第一巻

ミキの言葉を聞かせてやる

俺はわずかに沈黙したあとでやおらこう返事をしてみせる。
「そうだな、山ちゃん、もしそうだとしてもさ、俺だっていつかは死ぬんだ。その映画の、その…異人側になる分けだよ。そのことに何も拘泥はしないさ。ただ…」
「ただ…何だよ」
「ただな、俺はミキの、あ、いや、だからその✕✕✕✕✕✕✕さんの無念を、彼女が今いる闇を晴らしたいんだ。彼女に入れ込んでそう云う分けじゃなくて(でもないか…?)、そうすることが彼女ばかりか俺自身の、もっと云えば我々万人の闇を晴らすことにつながると思うんだ」
いつの間にか入れ替わってしまった本醸造の徳利を盃に注ぎ旨そうに飲み干してから、俺は思い切ってミキの言葉を山口の前で暗誦してみせる。
「あのバーで✕✕✕✕✕✕✕さんは俺にこう云ってたんだぜ。〝そう!そう!そうなの!田村さん…わたしは本当に寂しいのよ!そして怖いのよ!廻りは真っ暗っ!…何もありゃしないし、何も見えない。怖くって、寂しくって、悲しくって…それで堪えられなくなった時に、アイツからお誘いが来るのよ〟ってな」
「(呆れ顔で)よー覚えやがったな。ところでそのアイツって誰よ?」
「(失笑してから)МAD博士。さっき云ったバーの会計係、渋谷の道玄坂で、遠ざかる車の中に見たやつだよ。しこうして実際はどこかの大学の医学博士…じゃないかと思っているんだ。МAD博士ってのは俺が命名したんだよ」
そこまで聞いて山口はもうそろそろ上がりとばかり一献飲み干しては大きく溜息をひとつ吐いた。
「ふーっ。МAD博士ねえ。しこうしてそういった連中が許せねえと、ヤクザやら、そいつらを使って我意と我欲を押し通す、権力や金の亡者どもが許せない…って分けだな。ホントに田さん、あんたらしいな。しかしそう目くじらばかり立てていたら疲れるだろうによ。そんなバカどもは放って置いてさ、上(かみ)さんでももらったらどうよ」
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