バー・アンバー 第一巻

ボッタへの恐怖を越えて

そのあと必死で心の中を繕うようにしてから改めてミキが俺に向き直った。見ればあの男が来る前の妖艶な笑みを顔に浮かべさえしてである。
「ウフフ、ごーめんなさい、田村さん。私、何か取り乱しちゃって。あなたが悪いのよ。女を泣かせるようなことを云うんだから。変に思って帰らないでね。帰っちゃ嫌だから、今度は私があなたに一杯おごるわ」そう云いながらメジャーカップのダブル側にウイスキーを入れて殆ど空になった俺のグラスに注ぐ。しかしこの顛末に俺の心の中でジャーナリストとしての閃きが否応なしに交差した。ジャーナリスト言葉で云う〝これは臭い、怪しい、裏に何かある”というシグナルがビンビンと俺の脳裡に生起して止まないのだ。しかしそれとは別に単にバーに飲みに来た、ただの客としての危惧もやはり同時に生起せざるを得なかった。普通なら絶対あり得ないミキの肉体的なサービスと云い、先程の男の一種恐持て的な雰囲気と云い、いつまでか知らないが俺への貸し切りと云い、そのすべては裏にヤクザの潜んだボッタ、つまりぼったくりバーの観を呈しているからである。しかしそうではなく、未だまったく正体不明ながら聞屋の脳裡に閃いた何某かの特異な事情、もしくは経緯が裏にあると、俺にはハッキリそう思えるのだ。そしてそれへの関心がボッタへの恐怖を凌駕せしめたがゆえに…いや違うな。今しがたのミキの豹変、妖艶なバーのママがいきなり純な娘にうち変わったというその姿が、俺の心を捉えて離さなかったからだろう。
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