バー・アンバー 第一巻

ミキはこの世の者ではない!

「うーん、それはね、田村さん。ア、アイツが、アイツがもうじきまたやって来るからよ。わたしを連れに。あなたには何もしないと思うけど…まだわからない。あなたわたしにやさしくしてくれた。わたしのことを束の間でもわかって理解してくれた…わたし…あなたにひどいことをしたのかも知れないのに。ね、だからお願い、逃げて。こんどまたきっと電話するわ。わたしの方から。だから…」この時ドアがガタンと鳴ってサムターンが上下にせわしく動いた。怯えた眼をしてミキがそちらを見る。俺はもはやハードボイルドも余裕のポーズもやめてこう尋ねた。「ミキ、わかった。時間がないんだな?じゃ単刀直入に聞くよ。いいかい?まず、ここに来ればまた君に会えるかい?もし何かの理由で会えないのだったら、それなら君の方からいつ俺に電話してくれる?どう?」
「それが…云えないのよ。いったいいつになるか。それにここであなたに会えるのかどうか、だいいち勤めているのかどうかさえ」普通ならミキのこの答えはまったく理解出来ないところだがしかし俺は既にミキの何者たるかをほぼ断定していた。肉体はともかく、彼女の中身は、というか彼女の魂は、この世のものではないということを。おそらく眼前のこの肉体の主は霊媒なのだろう。ミキが離れれば本当の主がどこのどういう人物なのか、それはまったく分からない。おそらくだが、もしミキがこの肉体から離れて覚醒するなら当の本人は今のこの状況を悉皆覚えていまいし、俺が誰なのかさえ分からないだろう。
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