バー・アンバー 第一巻

ぜんぶで4千円です

さすがに見ていられない俺がミキの手を掴むそのママの手を鷲づかみにする。「おい、よせよ、ママさん、乱暴は。ミキにだろうとあんただろうと今すぐ勘定するからさ。引っ立てなどするな」「なんだってえ~」ママの額に青筋が浮かぶ。俺の顔を引っ掻きでもするかと危惧した刹那表のドアが開いて黒メガネをかけた一人の屈強な若い男が入って来た。ツ、ツ、ツとばかり立てた人差し指を顔の前でふってみせる。
「ママさん、乱暴はなしだ。ここを暴力バーとお客さんに思われたらどうする?ふふふ。いいからミキさんに会計させろよ。これは先生の云いつけだ」それを聞いたママの態度が豹変する。「あ、ああ、そうかい。わかったよ。お、お客さん、手を放してくださいよ。そんな怖い顔をして(…よく云うよ!)。じゃミキちゃん、お会計お願いするわ」と云ってからドア近くにいる若い男のもとへ行き小声で何事か訊いた。それに「…いいから。それに貸し切りとか余計なことを云うな」とこちらも小声で返したようだ。面目を保てたせいかそれとも俺がぼったくり料金を取られないで済んだせいだろうか安堵の表情を浮かべながらミキが俺を会計へと誘う。俺をカウンター前に立たせたあとで自らがカウンターの中に入りさきほどの手提げ金庫を取り出した。手書きの領収書を出してそこに金額を書き込んでから「ジャ、タムラサン、カク二杯デ、四千円イタダキマス」。言葉のイントネーションはママの乱暴を受けて来のままだ。その理由は俺にはもう容易に察しがついていたが。しかしそれにしてもたったの四千円とは暴利、い、いや暴安だ。ミキへの驕りの分も含めて少なくとも八千円にはなるはず。俺はミキに〝抗議〟した。「おい、おい、ミキ。そりゃ計算違いだ。ダブル四杯で八千円だろうし、それに君のサービスも考えれば額が一桁違うでしょ。うーん…四万円払うよ」
pagetop