バー・アンバー 第一巻

来い来い

そう云って財布を出すのにミキは「イイエ、二杯ハオミセノオゴリヨ。マタキテホシカラネ、四千円デイイヨ」と答えつつドア近くにいる二人に気づかれないように領収書の裏面に何事かを書き込んだようだ。そこへママからの信じられない言葉が掛かった。「そうですよ、お客さん。四千円だけで結構なんですよ。あとの二杯分は私が泣きます。ほほほ。うちは庶民的な大衆バーですからね。どうぞまた来てください。ただ…開店は五時ですからね」とのたまわる。今さっきの「ざっと30万円いただく」はどうした?一転して人のよさげなママに豹変した分けを考えながらも俺はとにかくこれ見よがしに一万円札を一枚ミキの手に握らせた。小声で「ミキ、いいからそれを受け取って」とささやいたあとで今度は聞こえよがしに「ああ、必ずまた来るよ。こんないいお店、一見ですます分けないさ。ママさん、一万円払う。釣りはいいからね」と見栄を切った。内実は人一倍損を毛嫌いするだろうママの性分と、そう見切ってのことだ。実際のところ後日再訪を期していたのでこれは必要なことだった。「アリガトゴザイマス」素直に一万円を受け取ってそれを金庫に仕舞い領収証を俺に手渡すとミキはカウンターから出て来て二人に背を向けて俺の前に立った。「ジャ、タムラサン、オワカレノアクシュ」と云って俺に手を伸べる。握り返そうとする俺の手首をつかんで自分の焦げ茶色のブラウス越しに胸に当てさせ乳房を揉ませるのだった。そして「ジャ、タムラサン、キットネ」と言い残しそのまま男とママの間をすり抜けて表へと出て行った。あとを追って俺も出ようとすると若いもんが立ちはだかった。眉根を寄せて険呑な表情を浮かべるとその場で空手の猫足立ちの構えをし、ひとふりふたふり空の突きと蹴りを入れてみせ、さあ掛かって来いよとばかり右の手で俺に来い来いをする。その型は堂に行っていて、そのバネのありそうで屈強そうながたいと云い、まずこの若いもんが相当に危険な存在と知れる。
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