バー・アンバー 第一巻

ハンターズムーン

俺の住む横浜市営団地は横浜駅で相鉄いずみ野線に乗り換え快速線で九つ目のいずみ中央駅で降りたところにある。と云ってもそのいずみ中央駅に止めた駅前駐輪場から自転車でさらに15分ほど走らねばならなかった。駅を背にして北西の方角に走るので最初は気づかなかったがバス通りを左折して団地に至る小道に入った時に始めて南東の夜空に凛と輝くハンターズムーンを確認した。ハンターズムーンとはアメリカの先住民によって名付けられた名前で狩猟に最適な月ということらしい。今夜はその名が特に云い当て妙という塩梅で、渋谷駅来急に開けた霊眼(なのか?)のせいでさんざん恐ろしい目に会って来たせいか、自分が何者かに狩られているような、いや追われているような、いやいや憑かれているような気さえしてならないのである。日本語で表現すれば逢魔が時と云うにピッタリな夜。その証拠にほらこん畜生(と云ったら仏様に失礼だが)、団地に至る直前の、急な下り坂の先にある信号付き十字路にまた男性の幽霊が現れた。この間そこで車同士の衝突による死傷事故があったのだ。おっかないやら、ビックリやらの連続で些か馴れっ子になった気もするが、しかし未だとても直視する気になれない。重い足を無理に上げながら団地の階段を上って行く。団地にエレベーターなどないのだ。俺の部屋は五階建て団地の4階でちなみに404号室であり棟番号は40棟だった。四四尽くしだ。さても部屋に着いた。台所の椅子に腰掛けてとにもかくにもサントリーの角を持ち出す。冷蔵庫の氷をグラスに入れオンザロックだ。ミキ(の胸を?)を思い浮かべながら何杯か空けた。今晩これからパソコンに向かい記事を書き上げる気がしない。ほろ酔いになったせいもあるが背広とネクタイをハンガーラックに引っ掛けると俺はソファアベッドの上に身を投げた。渋谷駅来何か、どこか、身体の感覚が変なのだ。いま此処にいながら同時にどこか別の場所にいるような、とても不思議な感覚がする。
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