バー・アンバー 第一巻

魔王の恫喝

中空（なかぞら）いっぱいににかかった蜘蛛の巣の糸が崩れながらイブの身体に絡みつき、これを空中へと浮かび上がらせる。そしてそのまま中空の彼方へと、どこか知らぬ別次元の彼方へとイブを連れ去るように思われた。イブは懸命にその絡みついた糸を剥がそうともがいている。しかし叶わないことを知るや自分を連れ去ろうとする魔王に向かって「わたしは絶対に、絶対に！この人に添い遂げてみせる！✕✕や✕✕をして、この人の願いを必ず成就させてやる！絶対に負けないぞーっ！」と絶叫するのだった。この✕✕で伏したことは、イブが云わんとしたことは俺にはほぼ瞬間的にその意味がわかったのだが、それを言葉で表そうとすると無理がある。それは想念伝播というか霊界言語とでも称すべき、当人同士の意識から意識へと直接的に伝播されるもので、ちょっと三次元世界の言語では表現不能なのだ。しかしそれは非常に強烈な意識の表象なのであり、俺はイブの健気さに〝ありがたさ〟に忸怩として、まったく歯を食いしばる思いだ。「ちくしょう、ちくしょう、魔王め。俺のイブに手を出すな。連れ去るなーっ！」とこちらも絶叫したいのだが声すらも出ない。俺の身体にも蜘蛛の糸が絡みついて俺を金縛り状態にしているからだ。そのうちにイブは一声「あーっ！わたしの王様ーっ！」と悲鳴を残して中空の彼方へと連れ去られてしまった。直後に姿はまったく見えないが魔王の笑い声が中空に響きわたる。「うぬの実態の世界へと落ち行け！うぬの意識を保てるかどうか、貫けるものなのか…とくと思い知れー！」と、強烈な想念が恫喝のごとくに伝わってくる。それは全身がいっぺんで萎えるほどのドスの効いたもので、それだけで魔王の何たるかを思い知らされるものだった。その強大な想念の力に圧倒されるままに俺の意識が急激に薄れて行く。ちくしょう、とてもかなわない…と心中で呻吟しながら俺の意識は果てた。