バー・アンバー 第一巻

え?サマンサ・クリニック?!

邵廼瑩は車から出て来て後部ドアを開けた運転手を車へと戻す。このまま車の横に立って男を待つようだ。しめた。これは今しかない。俺は何気ない風を装って邵廼瑩に近づき「おや?君は…ミキじゃない?いや、これはこれは。偶然だね。俺だよ、俺。田村だよ。覚えてるだろ?ミキ」と声をかける。しかし「え?ミキ?…田村って…誰ですか?あなた」と邵廼瑩はまったくの他人顔だ。皆目俺を見分けない。しかし数秒間俺を凝視するうちに『この得体の知れないナンパ男め。気安く私に声をかけるんじゃないよ』だった初めの表情がどこか探るようなそれに変わってくる。俺の顔に何某か見覚えを感じたのだろう。ここぞとばかり俺は言葉をつなぐ「ああ、失礼。人違いをしたようです。あんまり知人に似ていたもんだから。ははは。サマンサ・クリニックで知り合ったミキと勘違いして…」「え?サマンサ・クリニック?!」邵廼瑩がいささかでも声を高めた。「ど、どうしてそんなことを…あなたは、あなたはいったい誰ですか?!」と逆に質問をしてくる邵廼瑩のその声にはバー・アンバーで聞いた中国訛りがまったくない。実に綺麗な日本語のイントネーションである。もっともミキの感情が安定した時には(ミキに云わせれば俺の心と同通した時には…だったが)やはり綺麗な日本語を話していたから蓋し邵廼瑩も…なのだが、しかしそれならば未だ同通していない時のミキのあの訛りはいったい何だったのだろう?
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