一日限りの恋人のはずが予期せぬ愛にくるまれました
「彼女が対応しますので」
 と席をはずそうとした。
「俺は君がいい」
 小手鞠さんは私の腕をつかむ。
「あの……」
「上司を呼んでくれ」
 そう言って手を放す。
 ほっとして、私は上司であり店長である山橋さんを呼びに行った。
「お客様がお呼びです」
 山橋さんは怪訝な顔をした。
「めんどうごとはごめんだよ」
 ぶつぶつ言いながら、山橋さんは席を立つ。
 いつも彼はめんどくさそうに仕事をする。めんどうだから鮫島さんのことも放置だ。
 鮫島さんはテーブル席に彼らを案内していた。お茶も出さずに反対側に座り、両肘をついて手の上にあごを載せ、にっこり笑って自分の話をしている。
「――で、私ってオメガだからぁ、いろいろと弱くってぇ」
「一番弱いのはその頭だろ」
 小手鞠さんが切って捨てる。一瞬怯んだ鮫島さんだが、無理矢理話を続ける。
「私の名前は蕾未じゃないですかぁ、どんな花を咲かせるのかな、なんて言われてぇ」
「そのまま枯らしておけ」
 鮫島さんは絶句した。
 思わず笑いそうになり、私は必死に耐えた。
「お待たせいたしました、山橋健一と申します」
 山橋さんはにこやかに名刺を渡す。このぼんくら上司、接客だけはうまい。
 小手鞠さんは自分の名刺を差し出した。
「小手鞠製薬会社……社長!」
 山橋さんが声を上げた。
「彼女は私に物件の案内に行って直帰です。いいですね」
「はい、もちろん」
 山橋さんは媚びるように笑顔を作り、へこへこと頭を下げた。失礼のないように、と小声で私に言った。
 小手鞠さんはニヤリと笑った。
< 10 / 42 >

この作品をシェア

pagetop