一日限りの恋人のはずが予期せぬ愛にくるまれました
 彼――小手鞠悠真さんに出会った四日前は、朝からついてなかった。
 履いた直後にパンプスのかかとが折れ、玄関でころんでストッキングが伝線して打ち身ができた。
 ストッキングを履き直したせいで電車を一本逃し、いつも以上の満員だった。
 7月も下旬ともなれば暑さは本格的だ。クーラーがかかっていても車内はとんでもない暑さで、立っているだけで汗が滝のように流れた。
 始業の九時半ギリギリに勤務先である五井(いつい)不動産の店舗に到着すると、ヘロヘロの身なりを整える前に憧れの先輩、辻谷貴彦(つじたにたかひこ)さんに会った。28歳の私の2歳上、30歳だ。
 彼は今日も爽やかだった。今はスーツの上着は脱いでいて、白シャツに青い縞のネクタイが映えている。スマートな体型が彼をすっきりと見せていた。
「朝からお疲れだね」
 優しそうな顔に笑みを浮かべ、いたわりの声をかけてくれた。それだけで癒される。が、自分の姿が情けなくて恥ずかしい。スーツは汗まみれで前髪がおでこにはりついている。化粧も崩れているはずだ。
「トラブルがあって」
「大変だね。元気出して」
 そう言って個包装の飴をくれた。
 うれしくなったのは束の間のことだった。
 飴は暑さのせいか溶けていて、がっかりした。
 観葉植物に水をあげようとしたら、何枚か葉がむしられていた。大切にしていたのに。
 動揺していると、後輩の鮫島蕾未(さめじまつぼみ)さんが現れて、邪魔だからちぎりましたよぉ、とニヤニヤしながら葉っぱを渡された。
 嫌がらせだ、とすぐにわかった。私が辻谷さんと話をしたのが気に入らなかったのか、虫のいどころが悪かったのか。
< 2 / 42 >

この作品をシェア

pagetop