君の隣は誰にも譲れない

ぬいぐるみ~京介side

 僕が小さい頃、母にねだって買ってもらった小さい犬のぬいぐるみ。

 先生の家から本宅へ向かう別れの時、稚奈にそれをプレゼントした。欲しがっていたのでとても喜んだ。嬉しそうに笑っていたあの顔が忘れられなかった。

 それをまさか……彼女が自分の愛車に乗せていまだに大切にしてくれていたとは嬉しかった。

 あの日、祐子さんからの連絡で先生の体調が心配でひさしぶりにあちらへ伺った。祐子さんは僕が高校生の時、先生のいた大学の付属高校の生徒だった時からの知り合いだ。

 たまたま、高校で出張講義に来ていた祐子さんが中庭で化学雑誌を読みふける僕に声をかけたのが最初の出会い。

 研究室へ遊びに行ってびっくりした。だって、あのときかくまってもらっていた家のおじさん、つまり母の幼馴染みの先生がそこにいたからだ。

 実は、僕は引き取られてからもおじさんの娘である稚奈ちゃんに会いたくて、何度か庭で遊ぶ彼女を見に行ったり、保育園にいる彼女を覗いたりと結構なストーカー状態だった。

 母が心を病み、僕の精神を保つには彼女の明るい笑顔を見るのが一番の薬だとわかっていた柴田は、辛そうな僕を見ると、必ず先生の家の近くや保育園の近くに車を寄せてエンジンを切った。稚奈さんを車の窓から見るのを許した。
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