悪役令嬢として婚約破棄されたところ、執着心強めな第二王子が溺愛してきました。
プロローグ
 彼――ラースはアイリスの同僚だった。
 卒なく仕事をこなし、細かいところに気が利いて、真面目で……。たまにお茶を()れてくれたりする、可愛い後輩でもあった。
 人懐っこい完璧なイケメン、とでも言えばいいだろうか。欠点なんてまったくなさそうな、誠実な青年だと思っていたというのに――。

     ***

 ラースの部屋を見て、アイリスは絶句した。
 寝室の豪華なベッド、そのベッドボードの頭上には大きく印刷したアイリスの写真があり、その横にはラースとふたりで撮ったものや、同僚たちと一緒に撮った写真が並べられていた。

「どうして、ラースの部屋に私の写真がこんなにたくさん飾ってあるの……?」

 どの写真もラースが撮ろうと言ったものなので、アイリスも焼き増ししてもらった分を自室に飾ったりはしているが……ここまではしていない。
 ドッドッドッと、心臓が嫌な音を立てる。
 そしてふいに、アイリスの視線がサイドテーブルの小物入れに向かう。そこに入れられていたのは、パステルカラーの包み紙にくるまれた(あめ)だ。
「この飴、私がラースにあげたやつ……」
 よくよく見ると、アイリスがプレゼントしたものがたくさん置かれていた。いや、気軽にあげたものがほとんどで、プレゼントというほどのものではない。
 だというのに、それらが大切そうに保管されている。
(私は恋人でも何でもないのに……)
 いや、恋人だとしてもやりすぎている――と、アイリスは思う。
 何も見なかったことにして、この部屋を去りたい。しかし、そんなに上手くことが運ぶわけもなく。

「……見ちゃったんですね、アイリス」

「――っ!」
 アイリスが部屋を見ていたら、寝室に入ってきたラースの声が聞こえてビクッと肩が震えた。どんな顔で彼を見たらいいかわからないのだ。
(というか、待って……本当にどうしたらいいの?)
 こんなものを見せられたら、ラースが自分を好きだとわからないわけがない。恋愛に鈍感なアイリスだって、さすがにそれくらいはわかる。
 ラースのアイリスへの執着を気持ち悪く思う反面、なぜか心臓がドキドキしてしまうのだ。これでは、どっちが変態かわからない。
 すると、ラースがこちらに近づいてくる気配を感じた。
 と、同時に……後ろから抱きしめられた。肩口に当たるラースの髪がまだ湿っているので、シャワーを浴びてすぐこっちへ来たのだろうことがわかる。
「俺はどうしようもなく、アイリスが愛おしくて仕方ないんです」
「な、なんで私を……っ」
「そうですね……。俺に初めて優しくしてくれたのが、アイリスだったからでしょうか?」
 ラースの言葉に、アイリスはそんなことで!?と思う。
 しかし実際この部屋を見てしまったら、信じるほかないわけで。
「アイリスを見るたびに心臓の鼓動が早まって、どうしようもなくなるんです。……ねぇ、アイリス。顔を見せてください」
「いや……それは、ちょっと……」
 駄目だとアイリスが言うより早く、ラースが前へ回り込んでくる。アイリスには逃げ場がない。

「可愛い俺の天使……(ひざまず)いて、キスを捧げてもいいですか?」
「んな……っ!」

 そう言って、ラースはアイリスの足の甲へと口づけた。

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