水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる

マーメイドスイミング協会の10人目

 その日の夜、紫京院グループは里海水族館の運営権を海里に譲渡すると発表したことにより、ちょっとした騒ぎになった。

 里海水族館公式SNSで海里の署名付きの謝罪文と挨拶文を掲載してどうにか騒動を収めたが、数日は観客達の不安の声が従業員に届き、対応に追われる。



『里海水族館の、目指せ借金完済キャンペーン』



 ファンたちが自主的に里海水族館存続の為にお金を使おうと声を上げ始めたので、里海水族館もファンが立案した企画を採用し、着々と売上を積み重ねていく。



 借金は完済し切れていないものの、クラウドファンディングのお陰で完済の目処はついた。

 海里の監視役として受付嬢として働いていた紫京院の口から、里海水族館をやめる話が出てくるのかと真央は心配していたが、どうやら杞憂だったらしい。

 彼女は当然のように、里海水族館の受付嬢として居座っていた。



 紫京院は碧を愛している。碧が里海水族館で働くようになったのだから、彼女が里海水族館を辞めるひるようなどないと考えたのだろう。

 紫京院は海里から嫌われているが、仕事はできる方だ。

 真央は敵同士だったことも忘れて、紫京院と普通に接すると決めた。



「紫京院さーん!」

「最近ちょこちょこ、よく姿を見せますけど……仕事はいいのですか」

「全然よくない!」

「……あたしに会う暇があるなら、仕事を進めなさい」

「はーい。紫京院さんって、面倒見のいいお姉さんみたいですよね」

「……あなた、確か妹さんがいたでしょう」

「家ではお姉ちゃんだけど、里海水族館では、妹のつもりでいます!えへへ。おねーちゃーん!」

「あたしに甘える妹など、作った覚えなどありません」



 相変わらず紫京院は真央に冷たい。少なくとも睨みつけられるようなことはなくなり、会話は成立するようになった。

 真央はそれだけで充分だ。

 ちょくちょく挨拶をして、くだらない雑談を話しては持ち場に戻る真央を鬱陶しく感じているようだが、真央が渡した鮫のぬいぐるみを可愛がっているのと同じように。

 口を利きたくない程お互い嫌っているわけでも、話が弾むほど仲がいい関係にはなれていないが、これくらいがちょうどいいのだろう。



< 124 / 148 >

この作品をシェア

pagetop