水槽の人魚は、13年越しの愛に溺れる
(あれ、この会社……)


 名前に聞き覚えがあると思えば、妹が勤めている輸入雑貨の店だった。どうやらすでに、飼育員としての仕事はやめているらしい。

 なんてもったいないことをするのだと真央は胸に怒りを秘めながら、受付で碧の名前を出して呼び出した。


「お久しぶりです。碧さん。河原真央です。12年前、里海水族館でお世話になっていたんですけど……」

「……誰だ、あんた」


 完全なアポなし直撃訪問に何を言われるかと警戒していた真央は、第一声がなんとも言えない言葉であった為、慌ててウィッグを取った。

 名前だけでは真央であると判断がつかなかったらしい碧は、単語を重ね合わせた単語を来てやっと真央が誰であるか気づいたようだ。


「その金髪!真央って、あの真央か!?」

「はい。真央です!」

「デカくなったなぁ~。お前、ハワイに行ってたんだろ?いつ戻ってきたんだ?」

「1年半くらい前です」

「へー。よくうちがわかったな?今お前、何してんだ?」

「里海水族館でマーメイドスイミングのショーをしながら、売店で働いてます」

「マーメイドスイミングって……あれか?うちの社長がハマってる。人魚の格好して水槽の中で泳ぐショー」

「社長さん、ハマっているんですか?」

「金髪人魚にゾッコンなんだと。まさか真央に惚れたんじゃねぇだろうな……」

「金髪人魚は私と妹、二人いるので。妹の可能性もありますよ?」

「妹?お前、妹いたのか?」

「はい。多分この会社に勤めていると思います。河原真里亜っていうんですけど……」

「あの地味眼鏡?」


 碧の想像する地味眼鏡と呼ばれた真里亜と、真央の想像する真里亜は一致していない。真里亜も普段は黒髪ウィッグを被って地毛を隠しているので、その辺りが解釈不一致の原因なのだろう。

 里海水族館の名前を出した時点で門前払いされてもおかしくないと思ってた真央は、案外碧がフレンドリーに接してきたことにほっと一息つきながら、場所を移して海里の名前を口にした。

「あれと真央が姉妹とか……世の中わかんねぇな」

「あの、今日は碧さんに、里海をやめた理由を聞きたくて来ました。川俣さんからは、海里と仲違いしたって……」

「仲違いなんてもんじゃねぇよ。あいつの面倒なんて見てらんねーの。お前、赤字経営、知ってるか?」

「はい。借金は半年前まで100億ありました。今は……60億ちょっとまで減りましたけど」

「は?40億、どうしたんだよ」

「今、借金返済を頑張っている所なんです。里海の目玉を復活させたくて。碧さんに戻ってきてほしいんです」

「……意味わかんねぇ」



 碧は理解不能だと肩を竦め、真央の言葉に無条件で頷くことはしなかった。

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