竜のつがい

1.竜の一族


 人の足では辿り着くことのできない高く険しい山の上には、美しい集落がある。
 雲海が日の光に照らされ、荘厳な屋敷が顔を出す。初めてそれを目にした者は、赤い煉瓦が白い海から浮かび上がる光景を、まるで天国のようだと例えるだろう。

 竜人の一族。

 この世で最も高貴とされる一族が、そこに住んでいた。
 彼らは空を統べ、地上に生きる人間から神のように崇められていた。自在に人と竜の姿を操り、必要であればいつでも思うがままに、空を飛ぶことができる。この世の何もかもを手にしたような美しい種族。彼らを目にしただけでも、後世に渡って繁栄すると言われるほど、縁起が良いものとされていた。

 その屋敷の廊下を、侍女を引き連れた男児が歩いていた。
 一族の中でも特に美しく澄むような銀色の髪に、深い湖のように青い瞳。見目麗しいその子どもは、だが、不機嫌な表情を隠そうともしていなかった。
 竜人の成長速度は人のそれとは違う。
 竜人族の長の息子である氷蘭(ひょうらん)は、今年この世に生を受けたが、すでに人間でいう六の齢ほどの姿をしていた。
 彼を目にする誰もが、際だって美しく愛らしい姿に、ほうと溜め息をついた。

「こちらでございます」

 彼の母親くらいの年齢の侍女は、自分の腰までしかない小さな男児に恭しく頭を下げる。
 彼は、幼い外見に似合わない冷たい表情と声で言った。

「僕には必要ないと言っただろう」

 侍女はくしゃりと笑い、まあまあと彼をなだめる。

「氷蘭様、このしきたりは千年続く一族の決まりでございますよ。どうかわがままをお収めください」

 彼はその言葉に不満げに息を吐く。

 竜人の一族には、千年続く嫁取りのしきたりがあった。
 曰く、竜人にはその生涯で唯一のつがいがいる。それはなぜか人の中に生まれ、その番を娶ることで、竜人と人は永遠に繁栄できる。
 彼は、幼い頃から聞かされ続けたそのしきたりが大嫌いだった。

 竜人は美しく、頭も良く、身体能力も優れているが、この種族の唯一の欠点は、その高すぎるプライドだった。
 彼らにとって人間は、身体も弱く力もなく、地べたを這いずり回る無様な生き物だ。
 氷蘭は何度か下界に下りてその姿を見たことがあるが、その醜く薄汚れた姿に驚愕し、それ以上近づく気にもならなかった。

 驚くことに、かつてこの世を支配していたのは人間だったと言われている。
 さらには伝承では、自分たちの祖先も彼らによって生み出されたという。それは、到底氷蘭に受け入れられるものではなかった。

 自分たちほどの優れた種が、なぜこんな、弱く能力のない者からつがいを選ばなければならないのか。
 氷蘭のような、全てを手にして生まれた者からすれば、その感情は当然のものだった。

< 1 / 8 >

この作品をシェア

pagetop