君の世界に触れさせて
「時間、ある?」


 近付いてわかったけど、氷野はただ不機嫌なだけではなかった。


 怒りの中に、切なさが見える。


「……うん」


 その表情を見ると断れなくて、頷くと、氷野は僕に背を見せて歩き出した。


 ついてこいということだろうと思い、氷野の背を追う。


「氷野、もしかして藍田さんのことで、怒ってる?」


 氷野が不機嫌な理由はそれしか見当たらなくて、僕から切り出してみる。


 だけど、氷野は歯切れの悪い返事しかしない。


「僕、ちゃんと断ってて、でも」
「わかってる。夏川栄治はなにも悪くない。あれは、アイツがしつこいだけ。まあ、夏川栄治には他人を傷付ける覚悟がないから、若干優しすぎるけど」


 最後の一言は余計なお世話だ。


 それにしても、わかっているのだとしたら、氷野はなにが原因でこんなにも不機嫌なのか。


 僕にはわからなかった。


 会話で間を持たせることもできず、たどり着いたのは昇降口近くにある外階段だった。


「ここにいて」


 氷野に言われた場所は、薄暗い物陰。


「え、どういう」


 僕が聞こうとすると、氷野は自分の唇に人差し指を当てた。


 黙っていろということだろうけど、ますます意味がわからない。
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