君の世界に触れさせて
 それなのに、氷野は僕を置いて階段を登っていった。


「依澄、昼は食べた?」


 頭上から、氷野の声が聞こえてきた。


 古賀が、そこにいるのか。


 それがわかった瞬間、僕は意味もなく口を塞いだ。


 どうやら、氷野は僕に古賀との会話を聞かせようとしているらしい。


「ごめんね、咲楽……いっぱい協力してくれたのに」


 古賀らしくない、弱々しい声が聞こえてくる。


 氷野が怒っていたのは、僕がまた知らないうちに、古賀を傷つけたからだろうか。


 でも、最近は古賀と話せていないし、前みたいなことは起きていないはずだ。


「……敵わないって、思っちゃった」
「依澄が? 藍田に?」


 氷野ははっきりとは言わないけど、その声のトーンが、そんなわけないと言っているのがわかる。


 古賀が一番な氷野らしい言い方だ。


 そんなことを思いながら、ふと気付いた。


 敵わないって、どういうことだろう。


 都合のいい解釈があっているならば、これは僕が聞いていい会話ではない。


 でも、僕はこの場を去ろうとは思わなかった。


「あの子、すごく可愛かった。髪型も、メイクも、笑顔も、声も。夏川先輩が好きだって、全部で伝えてるみたいだった」


 古賀の声は、苦しそうだ。
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