君の世界に触れさせて
「……なんだったの」
「由紀ちゃんが言ったことが間違ってたんじゃない?」


 そんな声を聞きながら、僕は氷野の背中を追う。


 たくさんの生徒がいるから、進みにくくて、氷野に追いつくのは容易ではなかった。


「栄治、いぇーい」


 体育館を出ようとしたところで、名前を呼ばれた。


 振り向くと、去年のクラスメートたちがピースサインを掲げてくる。


「ごめん、ちょっと急いでるから、あとで!」


 少しずつ噂が誤解だったと伝わっていったことで、こうして笑顔を向けられるのは喜ばしいことではあるけど、今はそれどころではなかった。


 僕が体育館を出ると、まだ氷野の背中は見えていた。


 体育館シューズ入れを腕に引っ掛け、両手をズボンのポケットに入れて歩いている。


「氷野!」


 絶対聞こえているはずなのに、氷野は足を止める素振りを見せなかった。


 直接引き止めないことには、止まってくれそうにない。


 こういう、急いでいるときに限って、僕の上履きはなかなか見つからなかった。


「氷野、待って」


 僕は言いながら、上履きに履き替える。


 顔を上げると、氷野の姿はない。
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