旧財閥家御曹司の愛妻渇望。 〜ご令嬢は、御曹司に甘く口説かれる。〜
一年後、私は。


 
「……ありがとうございましたー!」
「美味しかったよ、またね」



 あれから一年経った。私は田舎にある島にある食堂で働いている。

 あの日のことは良く憶えている。私は臨月を迎えて男の子を出産した。

 天浬さんは泣いて喜んでくれた。何度もありがとうって言って笑顔を見せてくれたし、お義父様もお義母様も喜んでくれて初孫だと喜んでくれた。

 私も会いたかった我が子に会えて人生で一番嬉しかったのを今も覚えている……だけど電話のことが思い出された。
 私は子どもと退院して一週間、たくさん考えた。赤ちゃんを残して出ていくことは無責任だと母として失格だとも考えた。でも、離婚を告げられたら赤ちゃんとは暮らせない。連れてはいけない。

 別れを告げられる前に出ていこう……そう思い、準備していた離婚届にサインをした。母子手帳には生まれてから今日までの記録を書いた。
 離婚届と母子手帳、指輪をテーブルに置いて屋敷を出て、彼の元から去った。

 天浬さんが好きだと言ってくれた長かった髪も途中で切った。思い出して泣いてしまうから。




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