桜ふたたび 後編
Ⅵ 愛あるところ

1、出口のない愛

玄関ドアを後ろ手に閉め、澪は胸の前で小さく両拳を握った。
跳び上がりたい気持ちを抑え、まっしぐらにバルコニーへ向かい、空を見上げる。

今日の空は、果てしなく高く、美しい。一片の雲もない。

澪はそっと、下腹部を撫でた。
今、ここに、一つのいのちが宿っている。

一刻も早く、ジェイに報告したい。
彼はどんな顔をするだろう。あれでいて感激屋さんだから、驚喜して〈Bravo!〉と叫ぶかもしれない。
このまま空を翔て、彼の元へ向かえたらいいのに……。

──幸せだね、君は。望まれて、この世に命を授かったのだから。

ふと、笑みが翳った。

武田の子どもは、望まれて生まれてくることができるだろうか。
出口の見つからぬ暗闇で、怯えてはいないだろうか。

いや、怯えているのは千世のほうだ。

奈落に突き落とされ、誰にも前が見えない。
どの選択をしようと、その小さな命のために誰かが犠牲になり、誰もが苦しむ。

ああ、それなのに……どんなに自主規制しようとしても、笑顔が止められない。
幸せで、幸せで、羽化して空を得た蝶のように心が軽くて。
どうしよう。こんなに浮かれてしまって。

澪は、咲き始めたカランコエに笑いかけ、部屋に戻って時計を確かめた。

ニューヨークは深夜。

スマホを手に散々悩んで、
〈赤ちゃんができました〉

──ちょっとシンプルすぎ? やっぱり、顔を見て報告したいな。

送信を躊躇ったとき、インターホンが鳴った。
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