桜ふたたび 後編
夏の終わりの花火は寂しい。赤や青や緑、鮮やかな光がぱちぱちと爆ぜ、ひとしきり烈しく燃えて、やがてオレンジ色に燻り、ジュッと燃え尽きる。

この寂しさは、澪から伝わってくるのだと、ジェイは思った。
ススキ状に流れ落ちる花火を見つめる横顔が、陰影を作っている。煙が目に滲みたのか目頭を押さえる仕草に、胸に迫るものを感じて、ジェイは堪らず煙の行方を追った。

空気が澄んでいる。漆黒の空には無数の星が瞬いて、風は草木の香りを運んでくる。

──この温かな場所から、澪を連れ去ることは罪だろうか……。

花火が止むと、庇の風鈴に合わせるように草むらから秋虫の音が戻ってきた。
澪が小さな溜め息を吐いた。

掃き出し窓の踏み石に下駄の音を聞いて、線香花火を手にした三人は顔を上げた。

「アルフレックスさん」

立ち上がったジェイに、誠一は一度足を止め、不安げに見上げる澪を寂しそうに見つめると、目を閉じ大きく息を吸い、迷いを振り切るようにゆっくりと歩み出た。

「オイは明朝、船に乗らんにゃなりもはん。でくれば明日は、午後ん便にしてくれもはんか。家内にもいろいろと支度があっじゃろうで」

「伯父さん……」

澪の手元から、朱い火玉が離れ落ち、地面の上で哀しげに啼いた。

「わかりました」

誠一はほっとしたように頷くと、

「澪ちゅう名ぁはおいがつけもした。船が安全に航行でくっごつ導っ水路んこっじゃ。どげん困難な旅であってん、優しゅう手を差し伸べて希望へと導いてくるっおなごであっごつと」

そして両手を脇に揃え深々と深々と頭を下げた。

「澪を、どうか、どうか、よろしゅう頼ん」
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