まじないの召喚師3
「…………………ぉ」
ひとしきりの静寂の後、一般生徒達から歓声があがった。
「うおおおお!」
「スゲー!」
「今の何!? 手品!?」
「我らがヒーローはどうなった!?」
立ってごらん、と水瀬が促す。
一般生徒の疑問に答えるように、我らがヒーローは、車椅子から立ち上がる。
自身の手のひらを見て、グーパー。
ゆっくり足踏みして、次第に速度をあげ、両足ジャンプ。
1メートルは跳んだ。
「………すごい、治ってる」
我らがヒーローの呟きは、喧騒の中で、不自然なほどにはっきりと聞こえた。
「わあああぁぁぁぁぁ!」
瞬間、歓声が爆発した。
「スゲェ!」
「全身に麻痺が残ったんじゃなかったっけ!?」
「スポーツ選手かよ!」
「選手でも、縄跳びを跳ぶようなジャンプであんなに跳べないって!」
「ワイヤーで吊り下げられてんじゃねぇの!?」
「この青天のどこにワイヤーを吊るせるって言うんだよ!」
「そりゃ………ヘリとか?」
鳥一羽も飛んでいない。
私からすると、あれは水瀬とやらの治癒術だとわかるが、他人から見れば不思議な力、魔法そのものだろう。
いやいやあのジャンプ力は身体強化もかかってるよね。
全身麻痺からの回復、しかも普通の人より強力な肉体。
一般人の心を掴むのに十分だ。
「次は、悪霊退治をお見せしよう!」
「うおおおおぉぉぉ!」
水瀬の宣言に、一般生徒が盛り上がる。
初めから言っては胡散臭いだけで終わる台詞も、こうも場が温まれば期待に沸く。
『………月海』
スサノオノミコトに声をかけられ、気づく。
警戒するなんて言っておきながら、つい水瀬ばかりに目がいっていた。
私が先輩を盾にしているように、ひとりが注目を集め、その間に工作するのは基本じゃないか。
周囲を確認する。
彼の後方にいた響達少年少女の立ち位置はそのまま。
大人達は………私達生徒を囲むように散っていた。
懐から出した竹筒の栓を抜き、足下に水をこぼす。
それは地面に染み込まず、地上数センチのところで水玉を作る。
霊力の込められた、特別な水だ。
『……浮かせることくらい、造作もない。が、術師と離れた位置で制御することは難しい』
水の能力者として一家言あるスサノオノミコトが感心したように呟いた。
「払いたまえ、清めたまえ」
ステージ上の水瀬が唱えると、大人達のこぼした水が私達を囲むように円を描き、陣を描く。
完成したと同時、他人の領域に入った居心地の悪さに背筋が震えた。
その時、地面から湧き上がるものがある。
青黒い水がスライムのようにうごめき、やがて人や獣の形をとる。
それが複数箇所で同時に発生した。
「キャァァァアアアアァッ!」
「イヤアアァッ!」
「皆さん安心してください。この水瀬が華麗に祓ってご覧に入れましょう!」
「うおおおおっっっ!」
一瞬にして、悲鳴を歓声に塗り替える。
人の心を掴むのが上手い奴だ。
それでも、信じられない者というのは一定数いるもので。
「逃げろ!」
一部の生徒達は全速力で逃げ惑う。
それに触発された混乱は、初対面の水瀬程度では御しきれない。
ヒーローショーは、隔たれた舞台の上だから楽しめる。
我先にと、目的なく逃げる様は、酷いものだ。
青黒い大蛇に睨まれて、腰が抜けた生徒。
青黒い四足歩行の小型獣の群れの大行進が向かう先の生徒が跳ね飛ばされる。
青黒い狼から逃れようとする生徒は足をもつれさせ、横からぶつかった生徒に躓かれ、巻き込まれた生徒が積み重なる。
青黒い2メートルの大男は、切れ味の鈍そうな斧を振りかぶった。
『……幻覚だ』
スサノオノミコトがそう言うなら、そうなのだろう。
やけにリアルな幻覚から目を離さず、息を吐き、硬くなった身体から意識して力を抜く。