まじないの召喚師3


響のメガネが怪しく光る。



「………………実験………くふふ……」



「手を下ろせ。響はキッチン出入り禁止だ」



譲らない先輩の態度に、柚珠はあからさまにほっとした顔をした。

きっと、響君はメシマズなのだ。

それを知らず自ら犠牲になったであろう柚珠にご愁傷様と合掌した。



「ご主人様のけがはオレがなおす!」



「ヨモギがなおすの!」



「おまえたち………」



子どもたちの微笑ましい宣言に、空気が柔らかくなる。

なお、ご主人様の先輩は目元を手で覆い、宙を見上げていた。

表情はわからない。



「ハハッ! 飯の心配はなさそうだな!」



「ていうか、いつもその狐が治してたよねぇ」



「逃げられるわけないじゃん」



からからと笑い、両の拳を打ちつける常磐と、常磐との手合わせの回避に喜ぶ雷地と柚珠。

響は懐から赤色の液体が入った小瓶を取り出す。

メガネが光り、口元が弧を描く。



「………怪我したなら、ヨモギの治療を受ける前に、この小瓶に入った水を飲んでみて」



「新薬は隣の恋人に頼めよ」



「………善意の提供。改良中の回復薬だよ」



先輩は差し出された小瓶を無視した。

代わりに柚珠が釣れる。



「キャッ、ボクと響、恋人に見える?」



「見える見える。だから趣味の実験にも付き合ってやれ」



「………恋人じゃないけど、実験体には優しくしなきゃ」



メガネの奥の優しげな眼差しを受けて、柚珠は興奮に身体を震わせた。



「んんっ! 響たんに頼まれたら、やらないわけにもいかない。よしっ、常磐! ボクを殴って!」



「俺が求めるのは手合わせだ! サンドバッグに興味はない!」



「………筋力増強剤もある」



響のポケットから紫色の小瓶が出てきた。



「いいだろう! 全て使え!」



「響たん、ボクの勇姿をみててね! 響たんの薬は筋肉達磨に勝るって証明するから」



柚珠は、小瓶を持つ響の手首を掴み、部屋の外へ連れ出そうと引きずる。



「………使用感レポートの提出をよろしく」



「ボクは直接響たんに応援してほしいの。でないと、全力で戦えないじゃん」



「………幻覚を見せる薬もあげる。不本意だけど、きっと、望むものを見せてくれる」



ポケットからお馴染みの小瓶。

まだらなペロペロキャンディ色した液体のそれを、柚珠は目にも止まらぬ速さで奪い取り、懐に仕舞う。



「本物がいる時は、本物の響たんに見てほしいな」



「………使わないなら返して」



「イ、ヤ!」



響は手近にいた雷地の腕に、片腕両脚巻きつけて引きずりに抵抗する。



「おい、俺を巻き込むな!」



「………今は他の実験で忙しい」



「なんでそんな事言うの? ひどいっ!」



「………ほんとうに忙しい」



「ボクを放って、雷地と浮気するのね!」



「そう」



「さらっと嘘つくな響!」



ぎゃいぎゃい言い争いをする3人を、まとめて抱きしめる者がいた。



「そうかそうか、皆行きたかったのだな! 遠慮するな! 皆で行けばよい!」



常磐の腕の中でギュッとまとめられた柚珠響雷地サンドは、俵のように担がれ、抵抗も、釣り上げられた魚のように虚しくリビングから連れ出された。

食べかけの、ホットケーキを残して。


ちゃぶ台の中央には、大喰らいの同盟者のためのパンケーキがまだ山と残っている。

一連の出来事を楽しそうに見ていた人形が、嬉しそうに口を開き、はちみつたっぷりのホットケーキを頬張った。



「先輩のホットケーキ、食べないなんてもっないないねー」



口に入りきらず溢れ出たはちみつを指で拭い、舐めとる。



「我らの取り分が増えたのだ。良しとしよう」



綺麗なサイコロ状にカットされたホットケーキに生クリームを添えて、もう片方の人形が上品に己の口に運ぶ。



「あれれー? もしかして私、スサノオ君に疑われてるのかな?」



「………違うのか?」



「違うよー。あの喧嘩は、あいつらが勝手に始めたのさ」



「………ほう」



誰でもいいさ、というように、美少年人形は黙々とフォークとナイフを動かす。


私も、先輩のホットケーキに舌鼓を打ち、2枚目を食べ終わる。

もう一枚いただこうかと中央の皿に目を向けると、皿の上にはホットケーキのくずだけが乗っていた。



「え?」



思わず声が漏れた。


なんで?

さっきまで、あんなにあったのに?


答えは、すぐにわかった。



「ご主人様! ひどいよこのにんぎょう! オレたちのぶん、ぜんぶたべた!」



「ひどい!」



子どもたちがツクヨミノミコトを指しながら、先輩に泣きついた。



「あははははっ! 味のわからないお子ちゃまに先輩のホットケーキはもったいない。はちみつだけ舐めておきなよ」



高笑いするツクヨミノミコトはおとなげなく、目の前でゆっくり、はちみつのたっぷり染み込んだ最後のホットケーキを口の中に迎え入れた。



「うわああああああああ!」



「わああああああああ!」



火がついたように大泣きする白髪に挟まれて、先輩は彼らの頭をぽんぽんと撫でる。



「また作るから」



「うわあああああああああ!」



「やあああああああああ!」



先輩が発したとは思えない、鳥肌が立つほどの優しい声色も効果はなく、子どもたちはより強く泣き続ける。


さすがは子供とはいえあやかし。

頭が痛くなるほどの大音声で、耳を両手で塞いでも、頭に響く。


原因であるツクヨミノミコトは満足そうに子どもたちを見ていた。


おいコラ、勝った、じゃないんですよ。

ひたひたになるほどに、はちみつをこれでもかと絡ませたホットケーキを食しておきながら、子どもたちには味がわからないと?

はちみつだけ舐めておくのは、ツクヨミノミコトのほうでは?


味のわからないはツクヨミノミコトの方でしょう。

たっぷりはちみつつけといて、小麦の味もわかったもんじゃない。



「美味かった」



無表情で手を合わせるスサノオノミコトの皿は、使用済みがわからないほどに綺麗である。

対するツクヨミノミコトの皿は、はちみつでベトベト。

スサノオノミコトの方が、先輩のホットケーキの味がわかってそうだ。



「ご主人様ぁ! このにんぎょうこわして!」



「ごしゅじんさまあ!」



「あははっ。残念だねぇ。先輩は私のことを直してくれたんだよぉ。愛されてんのよ。壊すわけないじゃん」



子どもたちの涙ながらの訴えを高笑いするツクヨミノミコト。

それを冷めた目で見たスサノオノミコトがボソリと呟く。



「………性格悪いぞ」



「何か言ったかなスサノオ君」



「性格悪いぞ」



「二度言えとは言ってないのよ」



「………聞いたのはおまえだろう」



先輩が、子どもたちをなだめながら困ったように笑う。

怒りんぼな大魔王のくせに珍しい。


…………いや違う。


子どもたちの前だから抑えているだけで、笑おうとしている演技派なお顔が引き攣って困ったようになっていらっしゃる。

とてもまずい状態だ!

うちの子がすみません!


爆発する前に大至急なんとかしなければ。

それからの私の行動は、過去一早かった。



「今すぐホットケーキミックス買ってきます!」



私は両手にスサノオノミコトとツクヨミノミコトを抱えて、リビングを飛び出した。





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