飛べない小鳥は見知らぬ運命の愛に震える
 会社からの帰り道の住宅街、ふと気がつくと、あとをついてくる足音があった。
 振り返って確かめるのも怖い。
 小走りになったら、足音も小走りになった。
 家まであと少しだ。あと少し。
 なのに。
「おい、逃げるな」
 腕を掴まれた。
「やめて!」
「落ちつけ。話をしたいだけだ」
 怯えながら見ると、ボサボサ頭によれたスーツの男がいた。街灯にメガネがキラリと光る。
「あの女から名刺をもらってたろう。よこせ」
 男の目はメガネごしでもわかるほどぎらついていた。
「嫌です。っていうか持ってません」
「家にあるのか。とってこい」
 絶対に渡してはいけない、と琴鳥は思った。プライベートの名刺だと言っていた。渡したらきっと美鷹に迷惑がかかってしまう。
 美鷹さん、と琴鳥は強く彼女を思った。
 う、と男は鼻をつまんだ。
「フェロモンを出すな」
「だったら離して!」
 再び男を見る。
 どきん、と心臓が脈打った。
 ヒートが起きかけていた。
 急に男がかっこよく見えてくる。ぼさぼさ頭はワイルドに、メガネは知的に見えた。
琴鳥は怖くなった。フェロモンが出たせいでホルモンバランスが崩れておかしくなっているに違いない。
「あの女には近づくな」
 言って、男は手を離した。
 琴鳥は走って家に駆け込んだ。
 ドアの覗き穴から見ると、男は琴鳥の家の玄関を確認してから帰っていった。
 失敗を悟った。
 怖くて逃げ込んだが、かえって家を教える結果になってしまった。
 だが、そもそも男は琴鳥のあとをつけてきた。
 どうやって琴鳥の通勤路を知ったのか。
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