飛べない小鳥は見知らぬ運命の愛に震える
 いつからあとを着けられていたのか。最寄り駅も勤務先も知っているのか。
 動揺で足がすくむ。玄関から動けない。
「琴鳥? 帰ったの?」
 家の奥から母に声をかけられた。
 金縛りがとけたかのように、ずるずると土間に座り込んだ。
 心臓は落ち着きなく鼓動を早めたままだ。
 バッグから頓服を出して飲んだ。家族は全員ベータだからフェロモンの影響を受けないが、このまま本格的にヒートが起きると自分が苦しくなってしまう。
 美鷹に連絡しなくては、と思った。

 土曜日、琴鳥は自宅で美鷹の迎えを待っていた。
 あの日、琴鳥から連絡を受けた美鷹は彼女の話に胸を痛め、土曜日に会えないか、と言ったのだ。
 11時になり、インターホンが鳴る。
 すぐに出た。小さい画面の中で美鷹が微笑して「宝堂院です」と名乗った。
 すぐ行きます、と飛び立つように玄関を出た。
 住宅街には場違いな美人が、そこにはいた。
 今日は黒いホルターネックのトップスに黒いマーメイドスカートだった太ももあたりからスリットが入っていて、ちらりと覗く足がなまめかしい。カーディガンで肩は隠れているが、鎖骨のラインが見えた。
 今日も素敵、とうっとりする。
 美鷹が乗って来たのは翼のモチーフがついた小さめの外車だった。
 ランチを予約したから、と彼女は車を高速に乗せた。
 道中ではたわいもない話をして琴鳥の気持ちをほぐしてくれた。
 どんどん人家やビルがなくなり、田畑や木々が左右に広がっていく。
 インターで降りて、そのまま国道から山に入っていった。
 人気のない細い道が続く。不安になる琴鳥をみて、美鷹はくすりと笑った。
「とって食ったりはしないよ」
 琴鳥は恥ずかしくなって窓の外を見た。木々が勢いよく通り過ぎ去る。
 レストランDANS LA MONTAGUNE(ダン・ラ・モンターニュ)は緑に囲まれた白い壁のおしゃれな建物で、ジビエ料理の店だった。
「フランス語で「山の中」っていう意味なんだ。そのままなのがおかしいだろう?」
 美鷹が微笑するから、つられて琴鳥も笑った。
 ドアを開けると黒い服の男性がお辞儀をして出迎えてくれた。
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