THE SUICIDE BRIDE 自殺因果の花嫁
 今日のライブを、リサもルナも見に来て居た。

 リサとは良く会ってるので、いつも通りの格好に見えたけど、もしかしたら何時もより気合の入った、お洒落な格好をしてたのかもしれない


 ルナは女高生の学生服を着て来てて、楽屋裏で出演のバンドマン達の間でも可愛い子が居ると話題になって居た。

 すぐに僕の彼女かと聞かれたけど、全力で否定して「是非仲良くしてあげて下さい」と、自分は一切興味が無いので、持ち去って下さいアピールをした。

 周りの出演者は驚いて、社交辞令と疑って来たけど「本当にどうぞ」と、何だったら嫌ってる事を匂わせる様に言った。


 ルナを見た時に、嫌な予感しかして無かったし、僕は心の底からリサにぞっこんだった。

 もしも精子と同じ様に、愛にも一日に使える分量が有るのなら、僕は自分の持ってる愛を、全てリサに注ぎたかった。

 僕には、ルナに与えられるものが何もないと感じていた。彼女を喜ばせるために出来る事が一つもない。 
 
 それにルナと寝た事を、リサに知られるのが嫌だった。


 ライブが終わり、いつもの様に会場で打ち上げをして、酒を飲んだ。

 この日は、本当に居心地が悪くて、僕はリサともルナとも殆ど話さず、バンド仲間の男達と馬鹿騒ぎをして時間が経つのを待った。

 どうやってルナにバレない様に帰ろうかと、隙を伺いながらタイミングを見計らって居た。
 

 だけども、全身に彼女の鷹の様な鋭い眼光を感じて居て、彼女は完全に僕を標的にして居る事を、ひしひしと感じて居た。

 ルナの事を可愛いと言っていたミュージシャン仲間が、彼女に話しかけてたけど、取り付く島も無い感じだ。


 リサも、完全に僕とルナの無言で互いを意識した攻防に気付いていて、少し離れた位置から僕達を注視して居た。

 僕は、鷹と蛇に睨めてる子兎になった気分で、何をどう足掻いても狩られるしか無い運命なんだなと、今日を何事も無く終える事を諦めた。


 終電も近くなり、打ち上げ会場に居た全ての人に向けて、「先に帰ります。お疲れ様でした!」と、元気よく挨拶して会場を飛び出した。
 
 当たり前の様に、ルナもリサも僕の後を着いて来て三人で帰る事になった。





 繁華街に行くと、両手に美しい女性をはべらせ、颯爽と歩く男性を見かける事は有ったけど、まさか自分があんな感じになるとは思わなかった。

 両手に花を抱いて、さも幸せそうに歩いてる僕が、実は生きた心地のしない地獄を味わっている。この事に気づいてる人が、どれほど居るのだろう?

 当たり障りない談笑をしながら近い様な、とても遠い距離感で、僕は駅に早歩き気味で向かった。





 終電間際の電車は空いて居て、僕は二人の真ん中に座れる様に、座席の中央寄りに座った。

 隣にルナが座り、リサは敢えて僕達と距離を空けて、通路を挟んだ前の席に座った。

 僕が「何でそっちに座るの?こっちに座りなよ」と、手招きした。

 リサは苛つきを必死に我慢してるような表情を見せながら、弟に玩具の順番を譲る姉の顔をして「大丈夫」と断った。

 そして、離れた位置から顔を背け、僕とルナの会話に聞き耳を立てて居た。


 ルナは、今夜も泊まりに行っても良いかと、僕とそれなりに深い関係に至った事を匂わせる様な発言をして尋ねて来た。

 態とらしくリサに聞こえる様に言ってる訳では無いものの、乗客の少ない深夜の電車は静かで、リサにも確実に聞こえてるだろうと思った。


 この地獄に直行してる電車から、今すぐにでも降りたかったけど、降りた先でも地獄が待ってそうで、僕は運命に身を任せた。

 きっと墜落しそうな飛行機に乗ってる人は、こんな気分なのだろう。

 自分ではどうにも出来ないので、ただ成り行きに身を任せる様に、話しかけて来る言葉に応えるだけだった。

 僕はミュージシャン・ヤヨイとして、不特定多数のファンに言うのと同じ様に、「家に帰るまでがライブだから、気を付けて帰るんだよ!」と、誰のものでも無い立ち位置を維持しながら、多くの女性に愛されてる男を演じていた。

 女性から言い寄られてて、別の女性から嫉妬とも、怒りとも言えないプレッシャーをかけられてる状況が特殊過ぎて、新たな境地に達した気がした。


 自分の中に有る、女性に大人気の芸能人がやりそうな、皆んなを平等に愛してるキャラクターに成り切った。 

 時折、リサの方をチラリと見ると、まさに我慢の限界といった感じで、イライラして身体を震わせてる様子だった。

 僕を睨みつけるわけでも無く、内なる怒りを必死に抑えてる様で、僕は幼少期に皿を割り母親に怒られるのを待つ恐怖を思い出した。


 リサは、獣が獲物に噛み付く瞬間に出すような深い吐息を発して、無造作に僕の隣に座った。

 そして、僕の腕を引き寄せ、自分を見ろと言った具合に、僕の意識を全てルナから自分に向けさせた。


 僕はミュージシャンの仕事として、ファンのルナと接して居たので、リサだけを特別扱いは出来ない。

 二人とバランス良く話しながら電車が家に着くのを待った。

 リサの最寄り駅が近づいて来て、リサはしおらしくなった。

 今日は絶対に泊まりに行くと、僕を口説いてるルナの言葉を聞きながら「良いよ。私は帰る」と、しょんぼりして居た。

 きっと元彼にキスマークを付けられた事も有り、何も言えないのだろう。


 リサの泣きそうな顔を見てると、愛しくて堪らない気持ちになった。

 リサの側に居たいて気持ちが溢れて、それ以外の全てがどうでも良くなった。

 やっぱり僕はリサが好きなんだと感じた。

 
 僕は、一人の人しか愛せないんだなと自分の性質を、この時に初めて知った。

 一番好きな女性が居るのに、二番や三番の女性と過ごす意味がない事を実感した。


 僕はルナに謝って「今日はリサの家に泊まるよ」と言った。

 ルナは凄く暗い顔をして、下を向いて落ち込んでた。

 凄く後味が悪くて、僕達三人は無言のまま下を向いて黙ってた。


 リサの家が有る最寄駅に着いたので、ルナが握ってた自分の手を振り解いて、リサと一緒に駅を降りた。

 ルナは一言も喋らず、僕を見る事も無かった。





 リサが「良かったの?」と聞いて来たけど、何て言えば良いのか分からず何も答えれなかった。

 僕は凄く気落ちして、元気がなくなった。

 ついさっきの出来事が、何度も頭の中に蘇って、その光景を黙って何度も思い出してた。

 リサは、いつもと変わらず僕の側に居てくれた。
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