THE SUICIDE BRIDE 自殺因果の花嫁
僕とリサはお互いに体重を預け、寄り添い合いながら、彼女が好きだと言う洋楽を聴いていた。
メランコリックなメロディーに乗せた、ボーカルの悲痛そうな叫びが、なぜか聴いていると苦しくも心地よかった。
リサが「このバンドのボーカルは二十七歳で拳銃自殺したんだよ」と、口を開いた。
僕は考え込んだ。なぜこんなに才能に溢れた人間が、自らの命を絶つことを選んだのか。
こんな良い曲を作れるのに勿体無いと、残念な気持ちになった。
僕はリサの服をそっと脱がせていった。
しかし、ブラジャーを外そうとしたとき、大きなクッションに気づいた。最近、彼女の胸が大きくなったように見えた理由がようやく分かった。
僕がクッションに目を奪われていると、リサは優しく笑って、「これをつけていると、客に胸を触られても感触がわからないからいいんだよね」と冗談混じりに言った。
彼女の口から軽く出たその言葉に、僕は驚いた。
彼女なりの照れ隠しだったんだろうけど、僕は彼女の職業が、胸を触られたりする仕事なんだなと初めて知った。
そんな仕事なんか辞めて欲しいと思ったけど、それを言う資格が僕には無い。彼女を養う事なんて出来ないし、同棲する覚悟も無い。
リサは、僕が考えこんでる事に気付いて
「嫌だよね。ごめんね。」と、僕を気遣い謝罪した。
僕は何か答えないとと、適切な言葉を探したが彼女を幸せに出来ない自分の無力さが苦しかった。
別に他の男に胸を触られてる事は、どうでも良かった。
そんな事より、もっと大切な自分の気持ちを伝えようと言葉を考えてたら、リサは僕が喋るのを待たずに「忘れよう」と言って強引に会話を終わらせ抱きついて来た。
僕は、ちゃんと彼女に思いを伝えようと、彼女を引き離し喋ろうとしたけど、彼女は聞いてくれなかった。
なんか、慣れた女のやり口を感じて、抵抗しようとしたけど彼女の気持ちよさに意識が奪われて、言おうとした事が全て頭から消えていった。
∎
おもむろにリサが僕達の関係について
「私達て恋人なの?」と、尋ねて来た。
僕は「恋人じゃ無いけど今、一番好きな人だよ」と答えた。
僕の言葉を聞くなりリサは、目を真っ赤にして
泣きながら怒り出し「SEXしたじゃん!」と叫んだ。
僕たちが肌を重ねたこと、その事実が彼女にとっては僕たちが恋人である証だという主張だった。
だけど、その自論には大きな矛盾があった。
だって彼女自身が、僕と関係を持った後に元彼と再び身を結んだことになる。つまり、彼女の論理に従えば、彼女は恋人である僕を裏切って浮気した、ということになる。
彼女が主張する僕達が恋人関係だとする論理は完全に破綻して居て、全てが捻じ曲がったこじつけだった。
彼女が僕の事を好きだからこそ、泣きながら怒ってる事は分かって居た。
リサは、自分でも頭を整理出来てないのか、怒りに身を震わしながら泣き崩れてるだけだった。
彼女の根底に有るのは愛されたい気持ちだと伝わってた。
だけども、僕にはリサの彼氏になる利点が見出せなかった。
リサと恋人関係になった所で得るものが何もない。
僕は、自分に自信が有った。
仮に恋人になったからと、あぐらをかいて努力を怠り、彼女に迷惑ばかりかけたとしたら、瞬く間に見切られるだろう。
僕には、一生添い遂げる気持ちが無い女性と、付き合う意味が分からなかった。
恋人以外には抱かせない女性なら、抱く為に恋人契約を交わすのも理解出来る。しかし、すでに関係を持っている彼女と、今さら恋人になる必要性は全く感じられなかった。
僕は正直に「今は、誰とも結婚する事とか考えてないし、付き合う意味が分からない」と伝えた。
すると彼女も「私も結婚とかは考えてないし、こんな地獄みたいな世界に、子供を産む気なんて一生起きない」と断言した。
僕は、てっきり彼女が“未来永劫の愛の契り”を交わしたいのかと思っていたのに、結婚する気が無い事に驚いた。
将来僕との結婚を見据えて、僕達が恋人として付き合うのなら分かる。
けれど、そうでは無く結婚する気も無い男と、恋人になりたいと思う彼女の考えが、僕には理解出来なかった。
彼女が将来、僕の事を捨てる気満々で、別の男に乗り換える事を見据えてるのか、一生独り身で生きて行くつもりなのか分からない。
確かなのは、僕を恋人だと言う理由で、自分だけが独占出来る状態に縛って、将来的には捨てる気なんだなと感じた。
∎
僕はリサの事を、愛に狂った悪い魔女みたいだと思って、急に怖くなった。
僕には自分だけを愛する様に強制させ、自分は好き勝手自由に生きようとする。
もしも、この悪女の事を、自分の生涯をかけて愛すほど好きになってしまったら、僕は絶対不幸になると思った。
身勝手なリサの物言いに、僕の事を全く大切に思ってくれて無いんだと気付いた。
彼女は愛されたいだけで、僕を愛そうとはしてない。
彼女を責めようとは思わないけど、上手く言い包めて僕を支配しようとしてるだけの彼女が、我儘な餓鬼に見えて、なんだか幻滅した。
彼女の涙さえも、嘘泣きの様に思えた。
例え、本当に泣いてたとしても、玩具を買って貰えない子供が泣いてる様なもんで、鬱陶しいだけだった。
僕が「俺と築く未来を考えて無い女と付き合う意味がない」と、拒絶したらリサは、ピタリと泣くのを止めた。
そして「どうせ、もうすぐ死ぬから将来なんか考えられない」と、人が変わったように冷淡に言った。
僕は驚いて、「なんで?」と聞くと、リサは口元を引き締めて、「私の血は呪われている」と、かすかに呟いた。
∎
リサの家系は代々、女性が自殺すると言うのだ。
彼女が子供の頃に大好きな祖母を自殺で亡くし、その後に叔母も自ら命を絶つ。
母親も毎日の様に、死にたい死にたいと言っては自殺未遂を何度も繰り返して居ると言う。
リサの家系が世代を超えて自殺の運命に縛られているという事実に、言葉では表現しきれないほどの苦しさを感じた。
リサの話を聞いて、彼女の刹那的な生き方の理由が、少し理解出来た気がした。
彼女が日頃から行う瞬間的に、何をしたいかを決めている無計画な行動。僕はそれをただ酒に酔ってるだけなのかと思っていた。
それらが、自分の命がいつ終わるかも分からない、そんな彼女の生死観が、その瞬発的な行動力に影響を与えているのだと感じた。
自分の身内から自殺者が出ると、残された人達に、こんなにも大きな影響を与えるんだと感じて辛かった。
僕は理系派なので、自殺する呪いなんてモノが有ると信じては居ないけど、家族なら食べ物等の生活環境が似て来る。
例えば、睡眠不足気味な生活習慣などが血筋単位で似て、自殺しやすい血族とかになる可能性は有るのかな?と感じた。
リサの告白を聞いて、僕は言葉を失った。何を言えばいいのか、どうすれば彼女を助けられるのか、僕には分からなかった。
彼女を励ます言葉も、力になる言葉も、僕の口からは出てこなかった。彼女が抱える深い闇を晴らすことができるのは、【俺がお前を幸せにしてやる】という言葉だけだろうと思った。
だけど… その言葉を口にすることはできなかった。
此処がステージの上で、大勢に人に向かってなら言えるけど、目の前の一人の女性に言う幸せ[#「幸せ」は太字]では、同じ言葉でも重みが全く違う。
音楽で幸せにする事は出来ても、男としてリサを幸せにすると言う事は、出来なかった。
きっと「君を幸せにする」と言えなかった自分を、僕は忘れられないだろう。
きっとリサも忘れないと思うけど、思い出す事も無い。
僕にとってもリサにとっても、思い出したら悲しくなるだけだから、無かった事にして生きていく気がした。
メランコリックなメロディーに乗せた、ボーカルの悲痛そうな叫びが、なぜか聴いていると苦しくも心地よかった。
リサが「このバンドのボーカルは二十七歳で拳銃自殺したんだよ」と、口を開いた。
僕は考え込んだ。なぜこんなに才能に溢れた人間が、自らの命を絶つことを選んだのか。
こんな良い曲を作れるのに勿体無いと、残念な気持ちになった。
僕はリサの服をそっと脱がせていった。
しかし、ブラジャーを外そうとしたとき、大きなクッションに気づいた。最近、彼女の胸が大きくなったように見えた理由がようやく分かった。
僕がクッションに目を奪われていると、リサは優しく笑って、「これをつけていると、客に胸を触られても感触がわからないからいいんだよね」と冗談混じりに言った。
彼女の口から軽く出たその言葉に、僕は驚いた。
彼女なりの照れ隠しだったんだろうけど、僕は彼女の職業が、胸を触られたりする仕事なんだなと初めて知った。
そんな仕事なんか辞めて欲しいと思ったけど、それを言う資格が僕には無い。彼女を養う事なんて出来ないし、同棲する覚悟も無い。
リサは、僕が考えこんでる事に気付いて
「嫌だよね。ごめんね。」と、僕を気遣い謝罪した。
僕は何か答えないとと、適切な言葉を探したが彼女を幸せに出来ない自分の無力さが苦しかった。
別に他の男に胸を触られてる事は、どうでも良かった。
そんな事より、もっと大切な自分の気持ちを伝えようと言葉を考えてたら、リサは僕が喋るのを待たずに「忘れよう」と言って強引に会話を終わらせ抱きついて来た。
僕は、ちゃんと彼女に思いを伝えようと、彼女を引き離し喋ろうとしたけど、彼女は聞いてくれなかった。
なんか、慣れた女のやり口を感じて、抵抗しようとしたけど彼女の気持ちよさに意識が奪われて、言おうとした事が全て頭から消えていった。
∎
おもむろにリサが僕達の関係について
「私達て恋人なの?」と、尋ねて来た。
僕は「恋人じゃ無いけど今、一番好きな人だよ」と答えた。
僕の言葉を聞くなりリサは、目を真っ赤にして
泣きながら怒り出し「SEXしたじゃん!」と叫んだ。
僕たちが肌を重ねたこと、その事実が彼女にとっては僕たちが恋人である証だという主張だった。
だけど、その自論には大きな矛盾があった。
だって彼女自身が、僕と関係を持った後に元彼と再び身を結んだことになる。つまり、彼女の論理に従えば、彼女は恋人である僕を裏切って浮気した、ということになる。
彼女が主張する僕達が恋人関係だとする論理は完全に破綻して居て、全てが捻じ曲がったこじつけだった。
彼女が僕の事を好きだからこそ、泣きながら怒ってる事は分かって居た。
リサは、自分でも頭を整理出来てないのか、怒りに身を震わしながら泣き崩れてるだけだった。
彼女の根底に有るのは愛されたい気持ちだと伝わってた。
だけども、僕にはリサの彼氏になる利点が見出せなかった。
リサと恋人関係になった所で得るものが何もない。
僕は、自分に自信が有った。
仮に恋人になったからと、あぐらをかいて努力を怠り、彼女に迷惑ばかりかけたとしたら、瞬く間に見切られるだろう。
僕には、一生添い遂げる気持ちが無い女性と、付き合う意味が分からなかった。
恋人以外には抱かせない女性なら、抱く為に恋人契約を交わすのも理解出来る。しかし、すでに関係を持っている彼女と、今さら恋人になる必要性は全く感じられなかった。
僕は正直に「今は、誰とも結婚する事とか考えてないし、付き合う意味が分からない」と伝えた。
すると彼女も「私も結婚とかは考えてないし、こんな地獄みたいな世界に、子供を産む気なんて一生起きない」と断言した。
僕は、てっきり彼女が“未来永劫の愛の契り”を交わしたいのかと思っていたのに、結婚する気が無い事に驚いた。
将来僕との結婚を見据えて、僕達が恋人として付き合うのなら分かる。
けれど、そうでは無く結婚する気も無い男と、恋人になりたいと思う彼女の考えが、僕には理解出来なかった。
彼女が将来、僕の事を捨てる気満々で、別の男に乗り換える事を見据えてるのか、一生独り身で生きて行くつもりなのか分からない。
確かなのは、僕を恋人だと言う理由で、自分だけが独占出来る状態に縛って、将来的には捨てる気なんだなと感じた。
∎
僕はリサの事を、愛に狂った悪い魔女みたいだと思って、急に怖くなった。
僕には自分だけを愛する様に強制させ、自分は好き勝手自由に生きようとする。
もしも、この悪女の事を、自分の生涯をかけて愛すほど好きになってしまったら、僕は絶対不幸になると思った。
身勝手なリサの物言いに、僕の事を全く大切に思ってくれて無いんだと気付いた。
彼女は愛されたいだけで、僕を愛そうとはしてない。
彼女を責めようとは思わないけど、上手く言い包めて僕を支配しようとしてるだけの彼女が、我儘な餓鬼に見えて、なんだか幻滅した。
彼女の涙さえも、嘘泣きの様に思えた。
例え、本当に泣いてたとしても、玩具を買って貰えない子供が泣いてる様なもんで、鬱陶しいだけだった。
僕が「俺と築く未来を考えて無い女と付き合う意味がない」と、拒絶したらリサは、ピタリと泣くのを止めた。
そして「どうせ、もうすぐ死ぬから将来なんか考えられない」と、人が変わったように冷淡に言った。
僕は驚いて、「なんで?」と聞くと、リサは口元を引き締めて、「私の血は呪われている」と、かすかに呟いた。
∎
リサの家系は代々、女性が自殺すると言うのだ。
彼女が子供の頃に大好きな祖母を自殺で亡くし、その後に叔母も自ら命を絶つ。
母親も毎日の様に、死にたい死にたいと言っては自殺未遂を何度も繰り返して居ると言う。
リサの家系が世代を超えて自殺の運命に縛られているという事実に、言葉では表現しきれないほどの苦しさを感じた。
リサの話を聞いて、彼女の刹那的な生き方の理由が、少し理解出来た気がした。
彼女が日頃から行う瞬間的に、何をしたいかを決めている無計画な行動。僕はそれをただ酒に酔ってるだけなのかと思っていた。
それらが、自分の命がいつ終わるかも分からない、そんな彼女の生死観が、その瞬発的な行動力に影響を与えているのだと感じた。
自分の身内から自殺者が出ると、残された人達に、こんなにも大きな影響を与えるんだと感じて辛かった。
僕は理系派なので、自殺する呪いなんてモノが有ると信じては居ないけど、家族なら食べ物等の生活環境が似て来る。
例えば、睡眠不足気味な生活習慣などが血筋単位で似て、自殺しやすい血族とかになる可能性は有るのかな?と感じた。
リサの告白を聞いて、僕は言葉を失った。何を言えばいいのか、どうすれば彼女を助けられるのか、僕には分からなかった。
彼女を励ます言葉も、力になる言葉も、僕の口からは出てこなかった。彼女が抱える深い闇を晴らすことができるのは、【俺がお前を幸せにしてやる】という言葉だけだろうと思った。
だけど… その言葉を口にすることはできなかった。
此処がステージの上で、大勢に人に向かってなら言えるけど、目の前の一人の女性に言う幸せ[#「幸せ」は太字]では、同じ言葉でも重みが全く違う。
音楽で幸せにする事は出来ても、男としてリサを幸せにすると言う事は、出来なかった。
きっと「君を幸せにする」と言えなかった自分を、僕は忘れられないだろう。
きっとリサも忘れないと思うけど、思い出す事も無い。
僕にとってもリサにとっても、思い出したら悲しくなるだけだから、無かった事にして生きていく気がした。