偽物の天才魔女は優しくて意地悪な本物の天才魔法使いに翻弄される

惨めな悪あがきさえ



そのままオリビアは図書館に来た。学校1階の渡り廊下の先にある、併設の図書館だ。今日もここには誰もいなくて、ホッとする。15時以降は、貸し出しも受け付けていないため、司書もいない。

自室で勉強してもいいのだが、この静かな環境と、窓際の席が好きだった。窓から外を見ると、ちょうど夕焼け空が見えるからだ。今日は晴れていたから、特に綺麗だろう。

「今日は何から始めようかしら……」

オリビアは呟いて、机に教科書とノートを広げた。最後に、ポケットからグレーの羽根ペンを取り出す。これは、入学する時に「魔法と言えば羽根ペンでしょ!」と、買ったものだった。使いすぎて羽根がもげはじめ、もうだいぶ古いから、新しいものを買い換えようか迷っている。

「うーん、でも、まだ使えるし」

オリビアが独り言を言った時だった。

「へえ、確かにここなら誰にも見られなくていいね」

「きゃあっ!!」

オリビアは驚いて椅子の上で飛び上がった。振り返ると、ニヤニヤと笑うハヤトがいた。衝撃で心臓が跳ねる。

「ハヤト…!どうしてここにいるの…?」

「見ちゃった。オリビア、いつもここで勉強していたんだね。大して勉強してない、とか言ってたけど」

ハヤトの言葉にオリビアは慌てふためく。
オリビアがマリアと話していたことは、やはりハヤトにも聞こえていた。

「えっ……!ち、違うの!その、そうだ、本が読みたくて…!」

オリビアは必死に言い訳をする。

「そうか。じゃ、その教科書とノートはなんだい?」

「あっ……」

オリビアは、観念した。


「…そうよ。毎日ここで、勉強してるわ。それが何?わざわざ見に来たの?」

オリビアは、恥ずかしさで顔が熱くなるのを感じた。努力している姿は誰にも見せたく無かったが、よりによって憎きライバルであるハヤトにバレてしまうとは。

「うん。オリビアがどんな風にしてるのかなって思って」

ハヤトがオリビアの隣に座った。

「はぁ…?どういうこと。何してるの」

「へぇ。いい席だね。夕陽も綺麗だ」

オリビアは迷惑そうな素振りを見せたが、ハヤトは構わず後ろの窓を少し眺めて、オリビアの方へ向き直った。机の上に広げられた教科書やノートを、覗き込む。

「何の勉強?魔法学?君、ほんと魔法好きだね」

オリビアはまた少しイライラしていた。この男は何をしに来たのだ。

「あなたには関係無いでしょう。馬鹿にしに来たの?」

「いや、頑張ってるなと思って」

ハヤトは笑顔で答えた。今まで見たことも無いくらい優しい笑顔だ。

オリビアは、そんなハヤトを見て、また少し動揺した。また頭をポンと撫でられ、慌ててその手を振り払った。顔が赤く染まっていく。

「だからっ……!!そういうのやめてよっ!嫌味なの?自分はここまでしなくても、私より上だって言いたいの?」

しかし、ハヤトは大真面目に返した。

「違うよ。僕はここまで頑張れない。君を尊敬してるよ」

───えっ……

ハヤトが?私を尊敬?見下してるんじゃなくて?オリビアは耳を疑った。

「あ、あなたみたいに何でも出来る人に言われても信じられないわ」

「皆はオリビアの事を天才だと言っていたよ」

オリビアは、嫌な予感がした。ついに、ハヤトに核心に迫られる時が来た。

「…そうみたいね。だから何よ…」

「でも君は、天才ではない」

ハヤトはきっぱりと言った。何もかもお見通しだった。

とうとう言われてしまった。胸にぐさりと刺さる。オリビアはよく分かっている。自分に才能が無い事を。それでも、この男にはっきりと否定されると、やはり傷付く。

オリビアは、認めた。

「……そうよ。私に才能は無いわ。そのくせ負けず嫌いで、自分の理想像も高い。だったら、努力するしか無いじゃない。必死になっている所、誰にも見せたく無かった。あなたにはなおさら…」

オリビアはうつむき、グレーの羽根ペンをきつく握った。

「そうかな。君のそういう所、僕は素敵だと思うけど」

ハヤトの予想外の言葉に、オリビアは驚いた。

「えっ……?ど、どこが?私、惨めよ。天才のフリして、結局、中途半端にしか出来ないし、その上あなたに逆恨みまでしてるんですもの…」

「いや、違うよ。僕はたまたま魔力や頭脳に恵まれたから成績がいいけど、もし才能が無かったら大した事無かったと思うよ。あんまり机にかじりつくの、好きじゃないから。でも君は、違うじゃないか。努力は、恥ずかしいことじゃないよ。誰にでも出来ることでもない」

「……」

オリビアは黙ってしまった。ハヤトは、自分のことを馬鹿にしていると思っていた。

「…あ、ありがとう」

オリビアは小さな声で言った。

「どういたしまして」

ハヤトは再び頭をなでてくる。

「でも、それはもうやめて…」

オリビアは恥ずかしくて顔を赤面させた。ハヤトの女慣れした態度に戸惑う。

「あ、ごめんね」

「…勉強、するから。さよなら」

「うん、頑張って」

オリビアは勉強を始めた。

***

「……そろそろ帰ろうかな…」

オリビアが伸びをして、すっかり暗くなった窓の外を見つめた。

「疲れた…」

教科書などを独り言をつぶやきながら片付けた。立ち上がって振り返ると、近くのイスに座って足を組み、本を読んでるハヤトがいた。オリビアはギョッとした。

「えっ!?まだいたの!?」

「ああ、終わった?お疲れ様」

「ええ……」

ハヤトが立ち上がり、腰をひねる。

「じゃ、行こうか。送ってくよ。暗くなってきたし、女の子1人は危ないよ。家、どの辺?」

「えっ、えっと……あの、宿舎だから大丈夫よ」

オリビアは、しどろもどろで答えた。

「えっ、そうなんだ。僕もだよ。じゃ、途中まで一緒に行こう」

「えっ……ええ」

少し迷ったが、断る理由も思いつかなかったので、仕方なく了承した。

(私、どうしてライバルと一緒に帰っているのかしら…?)

ハヤトと並んで歩いているこの状況が、不思議でならなかった。
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