偽物の天才魔女は優しくて意地悪な本物の天才魔法使いに翻弄される

憧れた人の失恋



──先生に、報告してやる。さすがにあれは許せない。

振り返っても彼は来ていない。オリビアはホッとして走るスピードを緩め、宿舎から静まり返った校舎へと移動した。
ブラウスの前ボタンが開いているのに気付き、慌てて留める。幸運にも誰ともすれ違わず、冷や汗を拭った。

こんな時優等生がまず思いつくのは、頼れる大人への相談である。オリビアは、教師へハヤトの暴走を相談しようと考えていた。

(ハヤトは、停学処分にでもなればいいんだわ。1回、頭を冷やしたらいいのよ!)

怒りに任せて職員室の前まで来た。誰に言おう?信頼出来る先生がいい。

「そうだ、マリア先生…!」

マリア先生なら、きっと自分の味方になってくれるはずだ。いつも自分を可愛がってくれる先生。仕事も出来、落ち着いた大人の女性。魅力的な彼女の事だから、きっと恋愛経験も豊富だろう。そう思い、オリビアの足は自然とここへ向かった。もう日も暮れているため誰もいない可能性もあったが、幸い高窓から明かりが見えた。

ドアをノックしようとしたその時、中から話し声が聞こえた。

(誰だろう…忙しいかしら)

この声は、マリアと、誰か別の女性教師だ。他には誰もいないのか、ひそひそとプライベートな話をしているようだ。

ノックのタイミングを伺おうと耳をすませると、泣き声が聞こえてくる。それをもう一方が慰めているような会話だ。

(マリア先生、教師の間でも頼られているのね。さすが、私の憧れの人…)

誰かが仕事の悩みでもマリア先生に話しているんだ。それなら、順番待ちをしないと。オリビアが当然のように思っていると、はっきりと会話内容が聞こえてきた。

「………辛いわね…」

「ええ。でも私も悪いのよ。生徒に恋なんてしちゃいけないって、分かってるんだけど……」

「確かに彼は、とても大人びていて素敵な子ね。飛び抜けて優秀だし…だけど、立場が違いすぎたわね、マリア」

(えっ……!?)

オリビアは口元に手を当てた。今、マリアと言った?泣いているのはまさか、マリア先生?しかも、生徒に恋?嘘でしょう?

やってはいけない事だと分かっていても、つい耳をそばだててしまう。

「思わず、彼に告白してしまったわ。言うつもりは無かったのに…でも、振られたの。当然よね。でも私の事は悪く言わなかった。ショックだけど、きっぱり言って貰えて良かったわ。優しい子よ…好きな人がいるんですって、ハヤト君」

(えっ………ハヤト!?)

つい先程自分に迫ってきた男の顔が瞬時に浮かび、ドクンと心臓が大きく動く。

マリアは、生徒に恋心を抱いてしまった自分を責めているようだった。それを必死に慰めるもう1人の女性教師。マリアの落ち込む姿があまりに想像出来ず、オリビアはいたたまれなくなり、その場を離れた。

(マリア先生がハヤトに振られていた?そんな、あのマリア先生が、ハヤトに恋していたなんて。なんで?)

オリビアは彼女とハヤトの接点を探した───ああ、確か、彼が転校してくる時の手続きに関わったって、言ってたっけ。

(1年生の時…ホウキレースが終わった後、私じゃなくて彼の所に行った理由が分かったような気がする…)

彼女にハヤトの報告は、出来る訳が無かった。

***

とぼとぼと宿舎に戻り、自室でベッドの上に倒れ込む。

ハヤトが、マリア先生を振った。
自分がなりたくて仕方がない人。知的で才能があって、何でもソツなくこなせる、デキる女のマリア先生を。彼女は教師ではあるものの、若くて見た目も良いため、男子生徒たちからの人気も高かった。それを、ハヤトは。

何だか、複雑な気分だ。

「あの人はなんてもったいない事をしているのかしら」

今のマリア先生に、ハヤトの事を話すのは気が引ける。だから、自分は彼にされた事を報告出来なかった。

──本当に?

他にも、女性教師はいる。そこに助けを求める事も出来た。本気で嫌だと主張すれば、ハヤトを停学か、退学処分にする事も出来たはずだ。自分は、どうしてそれをしなかったんだろう。

「……いいえ、気が動転して出来なかっただけよ」

オリビアは自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
今日も復習は出来なかった。



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