偽物の天才魔女は優しくて意地悪な本物の天才魔法使いに翻弄される

突き付けられた現実



「もういい?」

「まだ。ずっと後ろ向いてて」

「嘘だ。絶対着替え終わってる…」

「あっ!」

制止も聞かず、ハヤトに振り返られた。着慣れないワンピース姿を見られ、オリビアは下を向き赤面する。

「やっぱり可愛いね」

「来なきゃ良かった………」

「なんで?凄く似合ってるよ。よく見せて」

ハヤトに顔を覗き込まれ、オリビアは視線を逸らした。

「ねぇ、ボトルは?早く返してよ」

「いいよ。帰る時にね」

──だと思った。この男がそう簡単に返してくれるはずがない。

「はぁ…でしょうね。だからちゃんと教科書持ってきたのよ。早くしましょうよ」

「え、もう?せっかくオリビアが可愛い格好で僕の家にいるのに、勉強ばかりじゃつまらないよね」

オリビアはジロリとハヤトを睨む。

「私に何かしたら、すぐ帰るからね」

「何かしてから帰ろうとしても遅いと思うけど」

「……もうボトルいらない」

入口のドアへ向かってスタスタ歩き出すオリビアにさすがに焦ったのか、ハヤトは慌てた声を出した。

「ごめんごめん!冗談だよ。しよう、勉強」

「ほんっとに…」

ハヤトが自分のノートを広げるのを見て、オリビアは怒りをこらえて座り直した。

彼のノートが初めて目に入る。用紙いっぱいにびっしりまとめたがるオリビアに対して、ハヤトのノートは綺麗な字で、要点のみをシンプルに書き込んである。

「うーん…どこやろう。僕もう全部覚えちゃってるんだよな…オリビア、君分からないところある?教えるよ」

「…じゃあ、魔法学の、200ページのところ…」

オリビアが教科書を広げて見せた。

「200ページ?ああ、ここ複雑だよね。いいよ」

「本当は嫌だけど、教えて貰ってあげる」

「不思議なセリフだな……」

ハヤトは自分の教科書をパラパラめくると、解説を始めた。

***

「大丈夫?」

「うん…ごめんなさい、もう一度教えて」

「いいよ、難しいよね。ここはさ…」

オリビアは、自分が思っていたより彼が丁寧に説明してくれる事に驚いた。いや、本当は知っていた。授業後に彼の机に教わりに集まる生徒を何度も見た事があった。

今まで意地を張って、ハヤトに何かを聞いたことはほとんど無かったが、実際に教えてもらうと理解しやすい。先生ならば授業スピードも考慮して、ある程度は分かっている前提で飛ばす事もある。しかしハヤトは基本から何度でも教えてくれる。
オリビアの理解が追いついていなくても、絶対に怒らない。

彼は教えるのが上手だ。皆が彼に聞く理由が分かる。教えるという事は、本当に理解し、かつ、忍耐力が無いと出来ない。

──私よりも彼の方が教師に向いているのでは?

改めて悔しく思う。もう気付いていた。自分なんかが敵う相手では無かったのだと。確かに学年2位の成績を維持しているが、脳の質が違う。1位との差は歴然だ。それを分かっていたけど認めたくなくて、ずっと気付かないフリをしていた。彼は、本物の天才だ。オリビアは、初めてはっきりとそう思った。

「あの……」

オリビアが、ハヤトの説明を遮って口を開いた。

「ん?」

「ハヤトって……本当に頭が良いのね…私、あなたに届く気がしなくなってきたわ…」

クリスマス以来、取り戻していたやる気を再び失っていく。あの時に貰った羽根ペンをテーブルへ置くと、ハヤトは驚いた顔をした。

「何弱気な事を言ってるんだよ。オリビアは頑張ってるじゃないか。努力は必ずついてくるよ」

「でも、あなた私に、僕には敵わないって、言うでしょ。本当はその通りなのに、私は1人だけムキになってた。皆はあなたを認めているのに。こんなに差があるのに。恥ずかしくなってきた…」

──突然目標が見えなくなる。だから嫌なんだ。ハヤトといると、自分の至らなさが浮き彫りになるから。

迷いが生まれて立ち止まったオリビアを見て、ハヤトは持っていた教科書を閉じ、羽根ペンを手に取った。


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