偽物の天才魔女は優しくて意地悪な本物の天才魔法使いに翻弄される
錯乱から救ったスパイス
「!!」
「あ、オリビア…おはよう」
彼の顔を見た途端、心臓が大きく跳ねた。
「どっ、どこに行ってたの?」
平静を装いながら質問する。いきなりは本題に入れない。
「あ、ああ、日課。ゴブリン狩り」
「え…今朝も行ったの?」
「うん。昨日オリビアを怖がらせた腹いせに」
「どっちが魔物よ……」
呆れていると、ハヤトはオリビアの隣に腰掛け、じっと顔を見つめてきた。
「…あのさ、オリビア」
「あっ!そ、そうだ、ハヤトも飲む?まだあったから」
立ち上がり、カップに注ぐ。わざと忙しなく動く。ハヤトに昨日の話をされるのが怖い。
「話があって」
緊張がピークに達する。
(待ってハヤト、心の準備が…!!)
「ねぇ、隠し味ってどれ?見当たらなかったのよ。クローブ?カルダモンかしら」
「オリビア、その事なんだけど」
「なっ、なに!?」
「──ごめん。スパイスなんか、無いんだ」
「………え?」
ハヤトは気まずそうな、申し訳なさそうな顔をして、膝の上で拳を作った。
「昨日僕が君の紅茶に入れたのは、魔法薬なんだ」
「……………な、なんの………?」
声が震える。聞くのが怖い。
「…体が敏感になって、性欲が増す効果のある……媚薬みたいなやつ」
「ほ、ほんと……?」
──確かに、昨日は物凄く体が熱くて…
「ごめん、オリビア。でも、ほんの少しだけなんだ。ちょっとからかうだけのつもりだったのに、まさか断られないと思わなくて……!僕、量を間違えたのかも」
「…最っ低………」
「本当にごめんね。やっぱり帰そうと思ってたんだけど、我慢出来なかった。すまなかった」
必死に謝るハヤトに向かって呆然とつぶやくが、オリビアは別の事を考えた。
(ハヤトが、量を間違えた?)
──確かに私はいつもと違った。魔法薬の効果もあったと思う。でも、たぶん、それだけじゃない。ハヤトはおそらく間違えていない。私はきっと、薬を飲んでいなくても……
「…オリビア?」
「えっ?あ、そ、そう!酷い!!なんて事してくれたの!?」
オリビアは、全てを魔法薬のせいにした。
「ごめん…怒るよね」
「もう!あ、当たり前よ!!」
怒りながらも、心の底からホッとしている自分がいる。良かった。自分の行動に説明がつかないまま彼と付き合う事になるのは、やはり避けたい。
「でも、幸せだった……」
(…これはこれで、問題だけどね…)
どちらにしろ合意していたかもしれないとはいえ、強制的に判断力を低下させられていたとなれば、やはり彼への怒りはゼロではない。
「ハヤト、ちゃんと反省してね。でも……なかった事にするなら、許してあげる」
「……それだけで許してくれるの?」
「ふん。その代わりもう二度としないでね」
「わかった。約束するよ……残念だけど」
「はぁ……じゃ、帰るからね…」
疲れたようにため息をつくオリビアだが、安堵感でいっぱいだった。
カバンを持ち上げ、ドアに向かう途中で異変に気付く。カバンの底が濡れている。開けてみると、さらなる絶望がオリビアを襲った。
「オリビア、どうしたの…?」
「…ボトルの中身、全部出てる」
昨日ゴブリンに襲われた時だ。カバンを落としたから、そのはずみでフタが開いてしまったのだろう。これをハヤトから取り返すためにこんな事にまでなったというのに、全ての苦労が水の泡になる。
「……うちで作ってく?」
ハヤトの提案に、オリビアは黙って頷いた。