偽物の天才魔女は優しくて意地悪な本物の天才魔法使いに翻弄される

現れない優勝候補



少しの練習も出来ないまま、ハヤトと話すことも叶わないまま、ホウキレース大会当日の朝を迎えてしまった。

「……やまなくても、良かったのに」

窓を見ると、軒先でしずくがぽたぽたと垂れている。雨は夜更けには上がっていたらしい。雲はまだどんよりと立ち込めていて、またいつ降り出すか分からない空模様だが、レース中止の知らせは来ない。

練習量や才能の有無に関わらず大会では全力を出すと、憧れの教師マリアと約束したものの、オリビアは半ばどうでも良くなっていた。とろとろと身支度をして、会場へ向かう。

同じ学年の大勢の競争相手たちも、皆一斉に歩いている。体力を消耗させないために、誰一人ホウキは使わない。町のあちこちで見守る一般の観戦者たちに次々と応援の声を掛けられ、皆が手を振る中、オリビアは一人うつむきながら歩いた。

──昨日、もし彼と話せていたら、私は何と言っていたのだろう。

20分の道のりをゆっくり進んだつもりが、大会への不安やハヤトとの事を考えている内に、気が付くと芝生の広がる運動場に着いてしまっていた。足を踏み出す度に、雨上がりで濡れた草から不快な水しぶきが上がる。

(ハヤトはどこ?)

オリビアはすぐに辺りを見渡したが、ハヤトは見つけられない。この生徒数だ。500人もの参加者たちがざわめく中では、ハヤトどころか、クラスメイトも見当たらない。

焦る気持ちを抑え会場内をあてもなく歩く。準備運動や、ホウキの最終チェックなどしている余裕は無い。レース開始時刻までには、ハヤトと顔を合わせたかった。

ひたすら歩いて、自分の知っている同級生がまばらに見つかり始めた時、後ろから明るい声が聞こえてきた。おはよっ、と背中を叩かれて振り向くと、元気いっぱいに笑うクラスメイトがいた。今日はいつもより化粧が濃い。

「あら…サラ、おはよう。お化粧可愛い、気合い十分ね。今日の目標は?」

去年は、100番以内を目指すと言っていたサラ。本当はそれどころではないが、大会への意気込みを聞いた。

「え?あたし?あたしはビリじゃなきゃいいや」

「ちょっと!去年よりハードル下げてどうするのよ」

サラの明るい顔を見て、少し元気が出た。くすくすと2人で笑ったあと、サラからも聞き返される。

「オリビアは、ようやく前回の雪辱を晴らす時が来たわね」

前回の、ハヤトに負けて我を忘れる程悔しがるオリビアの姿が、サラには強烈な印象に残っていた。

「……そうね。だけどハヤト、真面目に飛ぶかしら。どこにいるか、知らない?」

視線を前後左右に動かして、彼の姿を探しながらサラに答える。
ここへ来る前にも念の為彼の部屋に寄ったが、窓の明かりは消えていたため、既に着いているはずだった。

「まだ見かけてないけど。んもう、オリビア、彼が元気無いのはあんたのせいじゃないっ」

冗談よ、とサラは笑っているが、オリビアには痛恨の一撃だった。髪を忙しなく触り、ホウキを何度も持ち替える。
明らかに動揺し始めたオリビアを見て、サラは声をひそめ、単刀直入に聞いた。

「結局、どっちなの?」

「え…」

「好きなの?ハヤト君の事」

「…私は………あれ、ちょっと待って…」

オリビアが言いかけた時、教師たちが数人、輪になって困ったように何かを話しているのが視界に入った。妙に胸騒ぎがして近付くと、その声が耳に届いた。優勝候補の生徒の1人が、欠席するらしい。

「全く…最近のあの子の態度には困ったものだ…!」

「これはもう、明後日の学年末テストもまともに受けないでしょうね。表彰取り消しも決まりですね」

オリビアは、心臓の音が大きくなっていくのを感じた。

「えっ、オリビア、聞いた?今のもしかして、ハヤ……」

オリビアは、サラの方を見る余裕が無い。思わず、教師たちの輪へ駆け込む。

「すみません!そのお休みって、ハヤトですか!?」

「おお、ポットさん、おはよう。それがそうみたいなんだよ。残念だ、彼のホウキさばきは、とても見ごたえがあったのに」

教師の一人が、オリビアに向かって肩をすくめた。

「そんな……」

(来てもいないなんて…)

「そういえば、ポットさんもかなりの実力者だ。期待しているよ」

「そうですよ、オリビア。いつも通りの力を出せば、きっと優勝できます」

「……」

いくら応援されても、オリビアの表情は変わらなかった。追いかけてきたサラに肩に手を置かれて、その輪から離れた。

「オリビア…好きなんでしょう?彼の事。大会前に、きちんと誤解を解けていたら良かったわね」

サラは優しく、慰めるように言った。しかしオリビアは、何かを決意したように、真剣な眼差しを真っ直ぐサラに向けた。

「…ええ。私が気持ちを伝えていれば、彼は今日ここに来ていた。でも、私は…」

──たぶん、昨日ハヤトと話せていたとしても、本当の気持ちは言わなかったと思う。

「?」

「私は……レースが終わるまでは、ライバルでいたいの」

「えっ?」

「サラ、私、行ってくる。先に並んでて!」

黄色いラインの入ったホウキに飛び乗る。

「オリビア!?もう、時間無いわよ!!」

サラが心配して地上から叫ぶが、振り返らない。全速力で飛び、来た道を戻った。

「ハヤト…!何やってんのよ…!!」

ホウキに乗ったまま、思い当たる所に向かう。宿舎の彼の部屋は反応が無かった。教室も覗いた。ゴブリンがいる森の近くの、彼の別宅にもいない。

オリビアは、最後の場所へ飛んでいった。あとはもう、あそこしかない。




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